第5話 忍び寄る影にダイブ

『本音じゃな。じゃが良い事もある。我が力を貸そう』

 海亀が優しく前ヒレでペシペシしてくれた。そんな二人? に近づく影があった......。


「コウヤ殿か?」低い声だが、耳によく通る声だ。

 大柄な体に引き締まった体躯。ちょっと見た目には危ないそっち系の方に見える。

 肩と腿はポンポンの様に膨らんで、袖口はダランと広がっていた。幅広の布を贅沢に使い、肘と膝の上を革紐で括って仕上げると、余った分だけここに来ましたって感じだ。紫の金糸で贅沢に刺繍してある。


「誰だあんた? 悪いが今、最っ悪の気分なんだ。誰かさんみたいに、言葉遣いが悪いって斬りつけんでくれよ」

 不機嫌な勢いも手伝って、横柄になってしまう。


「ウォッホホォウ、怖い怖いっ。いきなり斬つけるなどとんでもない。救国・防災担当大臣をしておるブロウサ・ライシーク伯爵だ」

 そう言うと、キザに胸の前に手をやり軽く身をかがめる。白髪頭を、オールバックにした髪型に白目勝ちな鋭い目。

 コワイ顔のオッサンが「オイッ」とお付きの者に声をかけると、コウヤのおりの鍵を開け中に入って来た。

「こんなところに勇者を閉じ込めるなど、全く内務省の連中も困ったものだーーー。無礼を許されよ。勇者コウヤ」

 檻の中に入って来て労うように肩を抱いた。

 ニッコリ笑うと、この悪党顔も優しく見えるから不思議だ。


「さあ、湯を浴び疲れを癒してくだされ。軽く酒なども用意した。まずはここから離れましょうぞ」そう言って連れ出してくれた。


 さっきまでのクソ扱いから一変し、割と豪華な部屋に通される。シャワーを浴び、用意された部屋着に着替えると置いてあった酒をあおった。


(ワインか?)


 前世のコウヤの給料ではとても手の出ないクラスと見た。


 パスッ、パスッっと海亀の前ヒレが、コウヤを叩いている。こっちにも寄越せとうるさい。


 ちょっと飲ませてやると落ち着いたのか、甲羅の中に首も手足も引っ込めてしまった。

 コウヤもいろいろあり過ぎて、疲れが溜まっていたのかたった一杯でほろ酔い加減になった。


(今日はもう寝るか? と言うわけで、そろそろお眠むですぅぅ!)


 ベッドにダイブしようとすると、メイド達がわらわら入って来る。なんだ? なんかのサービスタイムか? と思う間も無く「お着替えお手伝いします」サッサと着替えさせるではないですか?


「え? なに? もう疲れてるから明日にしてよ」


 メイド達は許さない。なんだオマエらっ?! と食ってかかろうとしたが、美形揃いだ。

 ここは怒らせるよりは『何か気の利いたセリフで仲良くなりたい』って思っている間に、ぱっぱと服を脱がされ戦闘服に着替えさせられてゆく。


「今からですか? 夜なんですけど。もうお眠むの時間なんですけど! 無理なんですけどぉぉ!」


 コウヤの訴えはスルーされ、一礼してメイド達が去って行く。

 入れ替わりに美人秘書らしき女性が「これから《時の間》にご案内します」と、挨拶もそこそこに先導して歩き出した。


(なんなんだよ、全く。......だがこの美人秘書も捨てがたい。会話のキッカケを探して仲良くなりたい)


「時の間ってなんですか?」まずはさりげない会話からだ! っと歩きながら尋ねてみる。

(それとなく好みも聞き出そうかな?)


「《時の間》とは勇者達の鍛錬の場です。こちらと違い時の流れが異なります。時の間での一日はこちらの数分。こちらのひと月は《時の間》での一年にあたります」


(お手軽だな?)


「そうなんだね。ところで、あの、あ、キミ歩くの早いね! 足が長いからかな? ちょっと休みま、ねぇ! 聞いてる?」


 美人秘書は大振りのお尻を、颯爽と左右に振りながらスタスタと歩いて行く。コウヤはそのお尻に見惚れながら付いて行くしかなかった。


(これはこれで、お得だったかもしんない)

 ガン見に気付かれない程度に、チラチラ目線をやりながら着いて行った。


 王宮から出ると裏庭に回る。

 一見教会に見える白い建物の中にそれはあった。


 《時の間》


 勇者達の精霊が、女神アテーナイの神力で前回の勇者と魔導師が召喚されている。

 次の勇者と魔導師に、その技術とその経験を引き継ぐためこの世に存在を許された。


 重々しい扉を開けると正面に白い道。両脇に武闘と魔術の訓練所がある。

 どちらもドーム球場ほどの広さがあり、一見するとコロシアムにも見える。


「今日からここを勇者様の訓練専用に、使っていただきます。ご不便ありましたらなんなりとお申し付けください」

 黒縁のメガネをキラリと輝かせ、事務的に説明して行く。道の突き当たりに宿舎があった。3階建ての割と豪華な宿舎だ。


「へぇー! 金かけてんな?!」

 部屋に入ると四LDKはあろうか? 部屋付きのメイドまでいる。

「やぁ、はじめましてだね! 僕は‥‥‥え? もう行くの? 待って!」

 挨拶もそこそこに宿舎内に連れ出される。


「待って! メイドっ、おまけに美形ーーそこ大事だからッ。仲良くしたいのっ! できればいろんなことしたいのぉぉ」


 コウヤの願いも見事にスルーされ、宿舎の案内を続ける。食堂も完備されており、新しい生活を送るには不便はなさそうだ。

 武闘訓練所にも案内される。

 もはや不貞腐れ状態のコウヤを尻目に、美人秘書は淡々と挨拶し去っていった。


「なんだってんだ? 休みも無しでこれよ!?

 なーぁんで俺が、こんな事しなきゃいけないの? 馬鹿言ってんじゃないよ」

 ーーー腐ったヤロウである。


 コウヤが絶叫した時、いきなり白い影が躍り出た。斬りつけて来る。


「うっわーー!」っと飛び退いて転がった。


「フンッ!」

 見下ろす姿があった。

「甘ったれんなっ、これからその根性を叩き直してやる。俺が勇者タガだ! おまえの訓練を任された」


(出たよ、おい。脳筋バカが‥‥‥)


 隣からヒョコと顔を出す女がいた。黒ずくめのやたらと体に密着したレザースーツを着た女魔導師が立っていた。


 はちきれんばかりの胸元。見事にくびれた腰から、すらりと伸びた足が艶めかしい。


 コウヤのテンションが一気に上がった。


(うおッ? お友達になりたい! それからそれからぁぁぁぁぁぁ)


「魔導師カミーラよ。魔法訓練の担当。それと紹介するね。今回一緒に訓練する魔導師コウよ」


「ゲッ!?」


 そこには島崎コウがいた。


 島崎コウ。

 前世ではスーパーセールスレディ。

 女性に関わらず入社5年目にして、それこそ新幹線が自転車を追い抜くスピードでコウヤを追い抜き

『ブラック商会』のトップセールスレディになった勝ち組だ。

 コウヤの嫌いな勝ち組である。


(何故?! おまえがここに!?)


「ーーーで、なんだ? 私は魔導師として召喚された。逆に何故おまえがここに居る?」


(いやぁぁぁぁぁぁー!)


 ブラック商会での朝から晩まで縛られたトラウマがよみがえってくる。


(いやぁぁぁぁぁぁぁー!)


 コウヤのテンションは一気に下がり、そのまま倒れ伏した。


次回コウヤは大金に目が眩み次のステージに進む。

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