5-6 発掘

 舞香が身の上話を語り終えた時、窓の外は茜色の空となっていた。さやかが行動予定表に書きのこした帰社予定時刻は刻々と近づいている。

「なるほどですね。……もっと色々お話を聞きたいけど、そろそろ本題に入りましょうか。マイさんはどのようなCDの制作を考えていますか?」

「ええ。やはり私や母、そしてエイミおばさんのように〝異才〟と呼ばれる人たちが評価される道備えをしたいんです。それが私の夢でしたから」

「異才ですか……」

 むつかしいかも、とさやかは内心思う。子供であれば──たとえば昭和のオカルトブームの頃にあったような超能力少年のように──神童をマスコミが大々的に取り上げることもある。しかし大人になった神童を商業的に売り込もうと企画する者はほとんどいない。理由は簡単、そこにカネを出す消費者がいないからだ。舞香はさやかの心の動きを読み取るかのように言った。

「さやかさん、そもそもCDというものは何枚売れれば良いのでしょうか?」

「そうですね、クラシックなら数十枚売れれば御の字かな。ポップスターみたいなミリオンセラーなんて夢みたいな話です」

「だったら……世界には約七十億人いるんですよ。その0,02%の人が買えば、もうミリオンセラーじゃないですか」

「ははは……確かに言われてみればそうかも。わかりました、その異才の発掘から始めていきましょう」


 とはいえ、どうやって埋もれた才能を発掘するのか。さやかをはじめとして堂島エージェンシー社内にそのノウハウを持つ者はいない。そんな中、企画会議で高橋がこんな発言をした。

「昔、『天才! スーパーバラエティー』ってテレビ番組ありましたよね。色んな特技を持つ人にスポットを当てて特集するの。その番組のスタッフだった人にスカウトの仕方を訊いてみたらどうでしょうか?」

 その提案が受け入れられ、早速その番組を放送していた大和テレビに会社の方から問い合わせた。すると、当時の番組スタッフだった元社員の梅原敏雄という人物を紹介された。現在は年金生活をしているという梅原氏の自宅には、至るところに鉄道模型の線路が張り巡らされていた。

「嫁に先立たれてからこれにハマってしまいましてね、孫が来たら喜ぶので一石二鳥ですよ」

 梅原氏は自嘲気味に笑う。さやかもつられるように笑みをたたえながら、勧められたソファーに腰掛ける。

「早速なんですが、『天才! スーパーバラエティー』をされていた頃についてお話を伺いたいのですが」

「そうでしたね。あれはすごい番組でしたよ。司会の南野武彦が一番脂ののっていた時期でしたからね。その後のバラエティー番組に大きな影響を与えたと自負しています。それに、多くの番組出演者が後になって、デビューしてブレイクしていますしね」

 梅原氏は今では有名になったタレントたちの名前をいくつか挙げた。その中にはドラマや映画で主役を張るような大物俳優の名前もあった。さやかは驚きながら聞いていたが、一番知りたいのは発掘のノウハウだ。

「でも、そのような逸材をどうやって掘り出して来たんですか?」

「……あの頃は今みたいにインターネットなんてありませんでしたからね。それこそ人海戦術でしたよ。刑事ドラマの台詞じゃないけど、汗をかき靴をすり減らして情報を集めろってスタッフ全員に檄を飛ばしていました。今あんなことをやれば労基にはひっかかるわ、パワハラで訴えられるわで大変でしょうね」

 梅原氏一流の自嘲笑いがまた出る。さやかは質問を続ける。

「もし梅原さんが現役だったら、どうやってネタを探しますか?」

「うーん、やっぱりインターネットを活用するかなあ。我々の時代のことを考えると、インターネットはとんでもないビッグツールですよ。ただ、最近のテレビが面白くないのは、そうやってネタが簡単に仕入れられることが関係しているかなとも思うんですがね……」

 そうして梅原氏の苦笑で取材は終わった。


(汗をかき靴を減らす、か……)

 さやかはため息をつく。現代の若者にしてはそういうことが得意なさやかではあるが、それでも行き先がわからないとどこに走り出したらいいかわからない。結局梅原氏の取材で掴めたのは具体的なノウハウではなく、精神論だ。平成初期のテレビ番組のすごいところはわからなくても猛ダッシュで走り出せたことだろう。

(それなら、私も走ってみるか……!)

 さやかは駅まで走り出した。こういう時はあれこれ考えずに行動を起こすに限る。……と張り切ったはいいが、途中でポケットから携帯を落としてしまった。拾い上げてみると、画面にヒビが入っている。

(か、悲しい……機種変したばかりなのにっ!)

 思わず涙がこぼれてしまう。とその時、画面上にSNSの通知が現れた。一条寺若菜からだ。クリックしてみると、動画が添えられている。


──今、ブダペストにいます。すごいのみつけたから動画送るね──


 この前はイスラエルかと思えば、今度はブダペスト。いいご身分だこと、と半ば呆れながら動画を開くと、広場の真ん中に一人の東洋人がヴァイオリンを抱えて立っているのが写っていた。その横にはダルシマー奏者、ヴィオラ奏者がいる。ヴィオラは顎と鎖骨で挟まずに縦に構える、ロマ特有のスタイルだ。そして演奏がはじまる……かと思いきや、みな楽器を置いてパントマイムのスキットを始めた。言葉はないが、それが〝刑事もの〟のストーリーであることはわかった。泥棒を刑事が追いかけるシーンで一度ストップし、演奏が始まる。ロマ風のフォルクローレだが、スキットとよく合っている。そしてヴァイオリン弾きのアドリブが生き生きとして、聴いていると興奮してくる。

 これだ……さやかは思った。そしてすぐさま若菜にメッセージを送った。


──そこのヴァイオリン弾き、捕まえてっ! 話がしたいの──

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