5-5 企画
それからしばらくして、マーシャル・リュウが直々に堂島エージェンシーにやって来て、さやかに面会を求めた。
「矢木さやかさん、あなたにコンサートの企画をお願いします」
突然の申し出で、さやかは面食らった。
「は、はい。もちろんそれはありがたいお話ですが、どのような企画をご所望なのでしょうか?」
マーシャルは居住まいを正して話した。
「もちろん、我々が発売するCDアーティストのコンサートです。……矢木さん、クラシックCD販売の現状をご存知ですか?」
「ええと、今世紀に入ってから音源をダウンロードするユーザーが増えて、CDの販売は苦戦していると……」
さやかは少し心苦しい気持ちになる。彼女自身、先日久々に買った町村樹のCD以外はほとんどYouTubeでタダ聴きしている。
「その通り。つまり、CDを作っても店頭で売れない時代になったわけです。ではどうするか。その一つはMP3など圧縮音源との差別化です。そこへくるとカノクラシックスの録音は圧縮音源ではあらわせないニュアンスをたっぷりと含んでいます。そう言った点がハイエンドオーディオファンには高く評価されています」
「つまり、そのようなハイエンド層に向けたCDを作っていくわけですね」
「ええ。でも、そういったハイエンド層というのは、宇宙旅行でいうなら大気圏外なのです。ロケットをまずそこまで飛ばすには、強大な爆発力が必要となります」
「その爆発力というのは……なんですか?」
「発売早々、一気に売ってしまうことです。先程言ったように、店頭販売ではあまり期待出来ません。そこで、アーティスト自身のコンサートを開いて、そこで販売するのです。演奏を聴いて感動した聴衆は、かなりの確率でCDを買っていきます」
「なるほどですね……」
確かにコンサートで感動すれば、そのアーティストの演奏をまた聴きたくなる。まさかコンサート会場でダウンロードする客などいないだろうから、そこで売られているCDに手が伸びるだろう。ましてやサイン入りともなれば、なによりの記念日になる。
「でもそれも、ある程度人気や知名度のあるアーティストの話です。無名の新人を掘り起こして、CDが飛ぶように売れるようなコンサートを開くのは至難の業です。でも……矢木さん、あなたならそれが出来る気がします」
「私がですかぁ!? いくらなんでも買いかぶり過ぎですよ!」
と言いつつ満更でもない気持ちだ。
「先日のヨセフ・カミンスキの企画で、あなたの仕事ぶりをじっくり拝見させて頂きました。あれほど難しい条件の中でクォリティーの高い企画を成し遂げられた……是非そのお力、お借りしたい」
マーシャルは起立して腰を折った。さやかも思わず立ち上がる。
「いえそんな、お恥ずかしいです。……わかりました。不肖矢木、微力ながら尽力いたしますっ!」
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「今まで黙っててごめんなさい……」
舞香は開口一番にそう言った。ごめんなさいとは、むろん彼女の父親のことである。CDとコンサート企画の打ち合わせのために、さやかは件のお気に入りカフェで舞香と落ち合ったが、いつになくしおらしい彼女を前にしてなかなか話が弾む空気にはならない。
「いや、謝ってもらうことでもありませんが……」
とは言うものの、さやかがショックだったのは事実だ。今やお気に入りのカフェで定番メニューとなったフラペチーノを一口飲み込むと、さやかはこれまでの舞香とのことを思い浮かべてみた。
「言われてみれば、あなたと蔵野さんてどこか似ている気がしていました。なんて言うか、妙に人をふりまわすところがあるって言うか……」
すると舞香はますます下を向く。
「あの人と似ていると言われるのは心外ですが、色々な意味ですみません……」
「〝あの人〟だなんて随分よそよそしいけど、マイさんはお父さんのことをどう思ってるんですか?」
「うーん、リスペクトとディスリスペクトの混在っていうか……特に、人のことをぞんざいに扱うところはいただけないですね。でも、亡くなった母があの人についてこう言ったんです。『人を突き放すんだけど、ちゃんと育てる』って。正確には、あの人に足蹴にされた人はなぜか逆に成長しちゃうんですよね」
さやかもわが身を振り返ってみる。たしかに蔵野と関わってもみくちゃにされてきたけど、結果的にスペックは上昇して、あのマーシャル・リュウに頼られるまでになったのではないか。とはいえ、蔵野に感謝するつもりはさらさらないが。
「それで、母の死後、あの人を訪ねてみたんです。私は自分の才能に行き詰まっていたから、蔵野江仁に自分をぶつけてみたら何かが出てくるかと思って」
そうして舞香はその時の状況を語った。
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