2-3 茶封筒
さやかは改めて目の前のゴスロリ娘を見た。これまで抱いていたレナ・シュルツェの──大和撫子とフランス女優を合わせたような──イメージとは全くかけ離れた女性がそこにいる。
「すみません、……あのピアニストのレナ・シュルツェさんですか?」
「ええ、そうよ。良かった、私のこと知ってて! っつーか、ピアニストの有名人度合って超微妙じゃん? アイドルとか女子アナだったらさ、街歩いたらキャーキャー言われるけど、ピアニストなんてちょっと有名でも、まあ、知る人ぞ知る、みたいな?」
レナが堰を切ったようにペラペラ喋り出したので、さやかがキョトンとしているとレナもさすがにそれを察して言った。
「あ、ごめんね。一人でペラペラ喋って。最初に言っとくけど、私、日本語は喋れるけど漢字と敬語は苦手なの。気持ちとしてはあなたに敬語使ってるつもりだから、気を悪くしないでね」
「は、はあ……」
さやかはレナ・シュルツェの事情については、ある程度のことはウィキペディアで知っていた。
……ドイツ人の父と日本人の母を持ち、ドイツのデュッセルドルフで生まれ育った。小、中学と日本人学校に通っていたため、日本語は問題なく話せるとのことだった。
「それでシュルツェさん」と言いかけると、レナが「レナでいいわよ」と言うので、さやかはそう呼ぶことにした。「じゃあレナさん、私に頼み事があるということでしたが、どのようなことでしょうか?」
「クリス・ザイファートに聞いたのよ、あなた、あのエヒトクラングを引っ張り出すのに成功したそうね。そのために夜中の学校に忍び込んだんですって? もうウケるわ、アハハハ……」
レナは手を叩いて大笑いした。その姿には、ピアノを弾いている時の凛とした品格は微塵も見られない。本当にこの人、ピアニストのレナ・シュルツェと同一人物なんだろうか、とさやかは勘ぐってしまう。
「引っ張り出したって言うか、確かに私は蔵野さんを見つけて仕事を依頼しましたが、それがレナさんの〝お願い〟と何か関係があるんですか?」
レナは一瞬で真面目な顔になった。
「来月リサイタルがあるんだけど……私はあの人のピアノを弾きたいの。彼に連絡とってくれないかしら?」
さやかは戸惑った。厳密に言えば、蔵野は仕事を引き受けたフリをして、さんざん周りの人間をコキ使って詐欺行為を働いていたのだ。そんなペテンの片棒を担ぐのはもうごめんだ……。
そんなことを思っていると、レナは「あ、そうだ」と思い出したようにバッグから長形3号の茶封筒を取り出してさやかに渡した。
「これは……?」
「彼へのラブレターよ♡」
レナはウィンクをして席を立ち、軽い足取りでさやかのもとを去った。
さやかは事務所に戻ると、レナ・シュルツェから依頼があった旨を前田課長に報告したが、彼は困った顔になった。
「あのリサイタルは柿本音楽事務所の主催だからな。アーティストが主催者の頭越しに他社に依頼するのはイベンターとして気持ちの良いもんじゃない。後々クレームになっても面倒だから、丁重に断ってくれ」
「わかりました」
と言ってみたが、さやかはレナの連絡先を聞いていないことに気がついた。渡されたのは茶封筒のみ。もしかして連絡先でも書いているかと思い、その中身を取り出してみた。紙は黄ばんで古びていたが、よく見ると着色されたものだとわかる。ドイツ語で書かれているが、手書きのため解読が困難だった。それでも冒頭の部分に「私はエデンの園を発見したが、そこは多くの人が考えるような東方の地ではなかった」と書かれているのは何とか読み取れた。
(いったい何の文書かしら。少なくともレナさん自身が書いたものではなさそうね……)
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