あたし、ちいと。

Wam

第1話 あたしがお家に来た時

 あたし、ちいと。とってもちっちゃな子犬のぬいぐるみ。

 これはちいとが大好きなある「女の子」の物語。






 あたしが生まれたのは、遠い遠い町。


 あたしに命を吹き込んでくれたのは、「人間」っていう生き物。


 あたしの兄弟も「人間」が命を吹き込んでくれたの。ほどなくして、あたしは兄弟たちと一緒にぎゅうぎゅうに押し詰められながら、この町に来たの。



 狭かったけれど、兄弟たちとおしくらまんじゅうしながら、これからどんな所に行くんだろうねってお喋りしてた。





 それでね、ちいとと兄弟は「人間」に棚の上に並べられてたの。


初めて棚の上で過ごした夜、一緒に棚の上にいたお人形さんに聞かされたの。


あたしたちはこれから知らない「人間」に連れて行かれるんだって。

そこで「人間」の家族に出会って一緒に暮らしていくんだって。




 それを聞いて、あたしも兄弟たちも大はしゃぎだった。どんな「人間」に出会えるのかが。




  1匹、また1匹ってあたしのの兄弟が「人間」に連れて行かれるの。

連れて行かれることになった兄弟は嬉しそうに「さよなら」ってお別れをして行ってしまったわ。どんどん少なくなっていく兄弟たちを見て、はしゃいでいた気持ちはどこやら、あたしは段々悲しい気持ちになったの。   


 そして、あたしは「人間」に連れて行かれずに1匹になったわ。

 1匹になってもずっと待ってた。


 ずっと1匹ぼっちだったある日、あたしは「人間」によって棚じゃない場所にお引っ越ししたの。あたしの兄弟じゃない、いろんな形をしたぬいぐるみたちが積み上げられている場所。とっても息苦しくて居心地が悪かったわ。兄弟に会いたいって泣いていた時、同じぬいぐるみの山に詰められていたくまさんに教えてもらったんだ。






 あたしたちが今いるのは、誰にも引き取ってもらえなくなったぬいぐるみたちの場所。最後の望みをかけて引き取ってくれる「人間」たちを待ち続けるんだって。それでも、誰も連れてってくれる人がいなかったら、あたしたちは火に焼かれて死んじゃうんだって。仮にあの兄弟たちのように誰かに引き取ってもらったとしても「人間」は好きなようにあたしたちを弄んで、いらなくなったらあたしたちを捨てていくんだって。


 「人間」って自分勝手な生き物なんだって。「人間」じゃない生き物はどうすることもできないんだって。だからあたしたちは可哀想なんだって。



 あたしはそれを聞いた時、怖くてブルブル震えていたわ。

 都合が悪くなったら「人間」はあたしたちのことを捨てていくけど、「人間」に引き取ってもらえないまま殺されちゃう方がもっと嫌。

 ぬいぐるみに生まれてきちゃったことは、きっと神様が「お前はぬいぐるみに生まれてきなさい」ってあたしに言いつけたから。

 だから、あたしは最後は捨てられちゃっても、せめて「人間」の所で幸せになりたい。



 それから、あたしは必死で目の前を通り過ぎてゆく「人間」たちに叫んだわ。


「お願い! 誰か、あたしを連れてって!」


 って。でも、人間にあたしの声は届かなかったみたい。「人間」たちはみんな知らん顔をして通り過ぎて行っちゃうんだ。


 それでも、あたしは死にたくなかった。


 あたしは叫び続けた。声が枯れしまってもずっと叫び続けたの。

 一緒にいた仲間のぬいぐるみたちは、


「そんなことをしたって無駄なんだよ」


 って呆れた目であたしのことを見ていたけど、あたしは信じていたわ。


 きっと、優しい「人間」があたしのこと、連れてってくれることを。


 神様にもお願いしたの。優しい「人間」にあたしの叫び声が届きますようにって。




 そしたらね、神様があたしの願いを聞いてくれたみたい。


 優しそうな「女の人」があたしの目の前で立ち止まってくれたの。

 じーっとあたしのことを見てくれて。あたしはこの人に向かって、今までにない大きな声で叫んだわ。


「あたしのことを連れてって!!!」


 「女の人」はしばらく考え込んでたみたいなんだけど、やっとあたしに向かって手を伸ばしてくれた。あたしはとても小さかったから、「人間」の片手にすっぽり入った。初めて触れた「人間」の温かみ。あたしは「女の人」があたしのことを持ち上げてくれたことが嬉しくて、その場で泣いちゃった。


 仲間のぬいぐるみたちはあたしのことを羨ましそうな目で見送ってくれた。

 あの夜、「人間」の怖さを教えてくれたくまさんに最後のお別れを言った時、くまさんはこう言ってた。


「人間は怖い生き物だよ。君もすぐに人間に捨てられちゃうよ。まあ、せいぜい楽しんでくるように」


 って。でもそれよりもあたしは「女の人」に連れて行ってもらえることで幸せいっぱいでくまさんの言葉に聞く耳を持たなかったわ。そしてあたしは「女の人」にスーパーのカートに入れられて、「ぬいぐるみたちの待つ場所」を離れて行った。


 あたしが来たのはとっても小さくてボロボロのお家。カビ臭さがツンとあたしの鼻を刺したわ。そのお家であたしは「人間」の家族に出会ったの。

 女の人があたしを連れて初めて家に入った時、そこには男の人がいたわ。テーブルの上に座ってずっと何かをしていた。あとでわかったことなんだけど、これを「お仕事」って言うんだって。女の人はお仕事をしている男の人の所に、あたしを連れて行った。


「このぬいぐるみ、はなちゃんにどうかしら」


 男の人は嬉しそうにあたしを持ち上げた。この男の人の手も暖かかった。


「そうだね、はなちゃんきっと喜ぶね」


 そう嬉しそうに言った。「はなちゃん」って誰だろう。あたしは首を傾げた。でもそれには2人とも気がついていなかった。そのまま、男の人の手の上に乗って、あたしは違う部屋に連れて行かれた。



 そこにいたのは、とっても小さな女の子。クルクルの髪の毛で可愛らしいお洋服を着ていて、ちょこんって座ってた。はなちゃんってこの子のことだって、すぐにわかった。男の人はあたしを女の子に近づけたけど、女の子は不思議そうな顔をして、それからぷいってどこかへ行っちゃった。あたしのこと、嫌いになっちゃったのかなって不安になってけど、男の人は笑って、一緒に見守っていた女の人に言った。


「はなちゃんはまだ小さいから、ぬいぐるみに興味がないみたい。もうちょっと大きくなってからね」



 男の人の言葉で、あたしは安心した。

 そっか、「人間」って大きくなるんだな。ってこの時初めて知った。いつか、あの小さな女の子も大きくなって女の人みたいになるのかな。でもどんな風に大きくなるのか、わからないや。でもきっと女の子が大きくなったら、あたしと遊んでくれるはず。今は女の子が大きくなるまで待っててあげよう。




 あとで知ったことだけど、あたしを連れてきてくれた女の人は「ママ」っていう人なんだって。で、男の人は「パパ」。はなちゃんはママとパパの子供。そしてはなちゃんには大きなお姉ちゃんがいて、おばあちゃんもいる。これが「家族」っていうらしい。


 あたしははなちゃんがもう少し大きくなるまで、たんすの上に飾られた。

たんすの上は、スーパーマーケットにいた時と違って、なんだかとても居心地が良かった。あたしにはくまさんから教わったことがとても信じられなかった。「ママ」も「パパ」もとっても優しい人だったから。はなちゃんが大きくなったらどんなことをして一緒に遊べるのか、楽しみでしかなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あたし、ちいと。 Wam @Wam

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ