第三十話 後悔などない

「うわっ」

 カズヤだった。めかしこんだカズヤが、ぼくに気づいて「わりー」とあやまる。

「遅れてすまん。ちょっと服装のことで姉ちゃんともめてさ。あいつ、なにを着ても『だっせー』しか言わないから、ムカついて着がえまくってたんだ」

 カズヤは白のシャツに黒のジャケット、紺のジーンズをはいていた。髪もぺたりとなでつけてある。手には大きなリボンのついた花柄の紙袋を持っていて、それが白浜に渡すプレゼントだろう。

「じゃ、いこーぜ。まだ遅刻にはならねーよな」

 カズヤはぼくが迎えにきたと思ったらしく、肩を組んできて、くるりとぼくの進路を変える。そういえばカズヤの家があるのはこっちの方向だった。

 カズヤは前田がいることにも気づいたのか、「あれ」と声をあげる。

「あ、あのさ。カズヤ。おれ、ちょっと他の用事があって」

「用事?」

「そう。だから白浜さんの家には行けない。もし、おれがいないこと聞かれたら、来ないって言っといて。じゃ、急いでるから」

 走り出そうとすると、腕をぐいと引かれた。

「用事ってなんだよ。セイメイと関係ある?」

 くいっとあごで背後をさす。前田とカッパの弥平が立ち止まってぼくらを見ていた。

「え、と」

 口ごもるぼくを見て、前田が表情をくもらせる。彼女はキッとカズヤをにらむと、「へんな格好。ぜんぜん似合ってない」と大声で言った。

「なんだと!」

 カッとなったカズヤがぼくの腕をはなして、前田につめよろうとした。

「待てって。いいじゃんか、ほっとけよ。それより、誕生日会行くんだろ」

 背中を押すと、カズヤはわけがわからない、という顔をする。

「なんだよ、どうしてお前は来ないんだよ。白浜の誕生日会だぞ。来年、また誘ってもらえるとは限らないんだぞ!」

「その、こづかいがなくて。プレゼントが買えなかったんだ。だから」

「はあ、そういうこと。だったら、おれと共同ってことにしてやるよ」

 ともだちがいのあるところを見せるカズヤ。

 普段なら感謝するところだが、いまは勘弁してほしかった。

「な、いいって。トモキには金欠のときアイスおごってもらっただろ。こういうときは男同士助け合おうぜ」

「いや、その」

 前田がぼくの横を通り抜けていった。こっちをひとつも見ない。弥平はぼくと前田を交互に見やりながら、おどおどとあとにつづく。

「いいのですか、リン殿。あの男の子はお知り合いで?」

「鈴原くんのことを言ってるなら、今井くんのおともだちよ」

「あいつ、何独り言を言ってんだ。気味わりーな」

 弥平が見えないカズヤがぼくに耳打ちする。

 前田はこちらを向かなかったが、歩く速度があがったので、きっと声が聞こえたのだ。

 ぼくは心臓が痛くなった。緊張なのか、恐怖なのか。それとも、この場所にいることすべてが嫌になったのか。

 これはぼくの勇気だった。すくなくともぼくはいままで使ったことのないほどの勇気を振りしぼってカズヤに言った。

「弥平さんに言ったんだよ」

「は?」

 ぽかんとする顔に、ぼくはつづける。

「あそこにいるカッパ。カズヤ、見えないのか?」

「かっ、え?」

 カズヤはぼくが宇宙語でも話し出したかのように戸惑っている。

「カッパ。ほら、あそこ」

 ぼくは弥平さんを指さした。前田はびっくりしたのか、こっちを向いて立ち止まり、硬直している。弥平さんは「あ、わたくし弥平です」とぺたぺたと近づいてきた。

「この坊ちゃんもわたくしが見えるので?」

「いや、見えてないと思う。だろ、カズヤ。ここにいるカッパ見えないだろ?」

 カズヤはぼくの顔をまじまじと見て、それから、一歩大きくあとずさり、それから首を振ると、また大きく一歩あとずさった。

「大変だ。おい、前田!」

 カズヤがわめく。

「お前、おれの親友に何の呪いをかけたんだ! 元のトモキに戻せっ。このくされ陰陽師めっ!!」

「わ、わたしは」

「やめろ、カズヤ」

 前田に近づこうとするカズヤの前に割って入る。

「前田さんは何も悪くない。むしろ、ぼくのせいで前田さんはカッパが見えるようになったんだ。あのな、実はおれのうちにネコマタが突然やってきていついてたんだ。いままで黙っていたけど、そいつはマタヲといって、いつもおれにつきまとい、邪魔ばかりしてきてたんだ」

「おい、トモキ。しっかりしろよ」

 カズヤはまゆを下げて弱った顔をする。

「なあ、今日は白浜さんの誕生日会だぞ。あの白浜さんだぞ、学校一のかわいい子白浜さん。いいから、セイメイなんかにつきあってないで、行こうぜ」

「いや、行かない」

 ぼくはきっぱり断ると、前田のそばへ行った。

「そのネコマタのことを、ぼくは大嫌いだった。出て行ってほしかった。でも、そのネコマタのマタヲが、いま、悪い奴らに捕まって動物実験されそうになっている」

「え」

「は?」

「なんと!」

 前田、カズヤ、弥平さんが同時に声をあげる。

「だから、ぼくはいまからマタヲを助けに行く。行かなきゃ行けないんだ。カッパの弥平さんの息子は病気で、その治療薬を作れるのはマタヲだけなんだ。ぜったいマタヲを助け出し、弥平さんの息子も助けないとダメなんだ」

「トモキ殿……」

 弥平さんは涙ぐんでいた。ぼくまでもらい泣きしそうになる。

「わたくしの息子は弥吉といいます」

「わかった。カズヤ、弥平さんの息子は弥吉というらしい」

 カズヤはぼくと目を合わそうとしない。きょろきょろと周囲をさわがしく見ている。

「カズヤ。だから、誕生日会には行けない。へんな話をしているのはわかってる。カズヤはぼくの頭がおかしくなったと思うだろう。でも、これは真実だ。前田さんのせいじゃない。前田さんはいい人だ。困ったぼくたちを手伝い、助けてくれているヒーローだ。だから、ぼくもヒーローになる。カズヤ、ぼくの話を信じなくてもいい。でも前田さんのことはけっして悪く言わないでくれ。それに」

 ぼくはカズヤに近づき、彼の肩を叩いた。びくっと跳ねる肩を強くつかむ。おろおろしている目に、ぼくは訴えた。

「万が一、ぼくが戻らなかったら、そのときは」

「ト、トモキ?」

「駅裏の駐輪所に警察を呼んでくれ。もしかしたら、中はもぬけの殻かもしれない。でも、手がかりはあるだろう。それを追って悪を滅してくれ。ぼくはいまから自分がやろうとしていることに、一切の後悔はない。ぼくは自分に恥じない生き方をするのだ。たとえ、明日の太陽が見れなくとも」

 ぐっと力をこめて、カズヤの肩を押し出す。背を向け、前田さんの腕をつかんだ。

「ぼくらは行くよ。カズヤ、いままでともだちでいてくれてありがとう」

「トモキ」

「行こうっ」

 ぼくは前田さんの手を引いて走った。あとは振り返らない。

「ちょ、ちょちょちょっ」

 慌てている前田さん。でもこの足を止めるわけにはいかない。

 急げ、時間はない。ぼくはさらに速度を速めた。

 目指すは、駐輪所。そこにマタヲがいる。

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