第二十九話 マタヲはどこに行ったのか

「マタヲの彼女はきっとおばあさんなんだよ。スルメや酢昆布をくれる人。マタヲのパトロールコースに住んでいると思うんだけど」

「今井くんはその人のうちにマタヲがいると思うの?」

 ぼくたちはひとまず外に出て公園に向かっていた。

 公園はマタヲのパトロールコースに入っていたはずだ。前に「すべり台が好きやねん」と話していたから。

「家出だからね。他に妖怪が見える人を知らないから、その彼女の家だと思う。いっしょに住めばって言ったとき、『まだ同棲は早いやん』とか言ってたけど」

「彼女ね。人間、なのよね?」

 前田は怪しむように問う。ぼくははっきりとうなずく。

「そうだよ。たしかね、えーと、ノゾミさん、って言ってたかな。この間、尾行を頼んだ日に、その人と会って仲良くなったみたいなんだけど」

 と、そこでぼくはハッとした。

「そうだ、尾行を頼んだけど、『あの人はいい人』とか言ってたな。尾行に失敗して適当に誤魔化しているのかと思ったけど、もしかしたら」

 ぼくは記憶を探った。たしか、ノゾミという人から、マタヲに声をかけてきたと話していたはずだ。仕事熱心な人。そうだ、仕事熱心で、マタヲに声をかけたのも、それが関係しているとか、なんとか。人に感動を与える仕事、だっけか?

「もしかしたら、あの怪しい女がマタヲの彼女なのかも」

「え?」

 ぼくは立ち止まって前田を見た。

「あの怪しい女だよ。駅裏で見ただろ? 白い帽子にサングラス、カメラを持ってる女。変質者だよ、子どもの写真撮ってネットにばらまいてる」

「それは今井くんが勝手に想像して」

「うん、子どもの写真じゃなかったのかも。マタヲだよ、あの人、マタヲが見えたんだ!」

「どういうことです?」

 弥平が深刻な顔をする。

「その人は何者ですか?」

「わからない、わからないけど」

 ぼくは声に力が入った。

「不審者なんだ、女の不審者。つば広の帽子にサングラス、ごついレンズのカメラを持ってて、最初は横断歩道にいるぼくをずっと見てた。それから、まっすぐにぼくのほうに向かってきたから、走って逃げたんだ。でも、数メートル先からもこっちを見てて、カメラをかまえて写真を撮ろうとしてた」

 あのときマタヲもいた。ぼくのほうを見ていると思ったけど、もし、あの女が見ていたのがマタヲだったら? マタヲが見えて、珍しさに写真を撮ろうとしてたら?

「確証はないけど、いい線いってる気がするんだ。直感。あの人は絶対怪しいし、あいつが『彼女できた』て話だしたのも、マタヲに尾行を頼んだあとだ。あの日の夜、スルメもらって帰って来たんだから。餌付けられたんだな、きっと」

「マタヲ殿はその方のことをいい人だとおっしゃったんでしょう?」

「人に感動を与える仕事をしているとか言ってた。それに、仕事熱心で、マタヲに声をかけたのもそれが理由だって。つまりさ」

 ぼくの脳はさえわたっていた。ひとつの真理に到達して、ぼくは愕然とした。

「ダメだ、あいつだまされたんだ。きっとあの女、マタヲを見世物にするか解剖して研究するつもりだよ。外国へ売り飛ばすかもしれない。大変だ、あいつ誘拐されたんだ!!」

「で、でもマタヲは普通の人には見えないんでしょ。だから見世物なんて」

「何か注射か電気ショックで見えるようにするんだよ。きっと、そういう手術があるんだ。それをマタヲにして、『驚愕!生きたネコマタを発見』って、世間に公表するにちがいない」

 ぼくはまたひらめいた。

「ヤバイ! もしかしたら全猫をネコマタにする計画を立てているのかも。マタヲの細胞を研究して、そいつを猫に注入したら……。ああっ、た、たいへんだ。猫が二足歩行で歩き出して、大きな声でしゃべり始めるぞ」

「え、楽しそう」

「前田さんっ、きみはマタヲのおっさん力を知らないから! かわいくなんかない、うざいだけなんだ。なんてこった、世界は終わってしまう」

 ぼくは頭を抱えて座り込んだ。でも、すぐに立ちあがり、奮い立つ。

「こうしちゃいられない。世界を救うためにも、マタヲを見つけないと。でもどこを探したらいいのか。今頃、ボートで海を渡っているかも。海外に逃げるつもりだ」

「今井くんて」

 前田が言った。

「冷静な人かと思ったら、やっぱり男子ね」

「どういう意味。ずっと男子だよ」

「ううん、いいの。それより、わたし、あの女の人が誰か知ってるよ」

「えっ!!」

 ぼくは驚きのあまり、心臓が飛び跳ねた。

 弥平も「本当ですか」とくちばしを大きく開けている。

「うん。でも怪しい人じゃないよ。知り合いだもん」

「知り合い? もしかして、前田さんも悪の組織の仲間なんじゃ」

「なにそれ、ちょっと落ちついてよ、今井くん」

 はあーあ、と大きく息を吐く前田の姿に、ぼくもやや冷静さを取り戻す。

「そ、それで。どこの誰なんだ、あの人」

「駐輪所のおじいさんの孫」

「孫?」

「うん」

「嘘だ」

「嘘じゃないわよ!」

 前田は顔を赤くして否定する。

「いいわよ、信じなくても。でも、本当にマタヲがいま彼女のうちにいて、その彼女が今井くんが怪しいと言った女の人だとすると」

「駅裏に行こう。目指せ、駐輪所」

「そうね。駐輪所の奥におじいさんたちは住んでるから」

 腕組みをして偉そうにつんとあごをあげ、ぼくを見やる前田。

 ぼくはその腕をつかんで駅がある方向へと歩き始めた。

「ありがとう、前田さん。おれ、さっきは本当にキツいこと言って」

「あやまってくれるの?」

「うん。嫌われて当然とか言ってゴメン」

「……白浜の誕生日会には行かなくていいの? わたしと弥平で駐輪所に行ってもいいのよ」

「いや、マタヲを自分で見つけたいから」

「ふーん」

 それからしばらく進んだところで、前田がぽつりと言った。

「じゃあ、わたしと白浜なら、わたしのほうが好きってことよね」

「は?」

「ちがうの?」

 思わず立ち止まる。弥平さんはぺたぺたペたと数歩進んで、「どうしました?」とこちらを振り返っている。

「ちがうの?」

 前田がまた言う。ぼくは顔をゆがめた。

「何言ってんだ、大丈夫?」

「あっそ。もういい!」

 前田はふんっと鼻をならすと、弥平さんがいるところまで走った。

 それから振り返り、「行く気がないの、今井くん」とにらんでくる。

「えー…、はいはい、急ごう」

 ぼくは駆け出し、二人を追い越して先に進んだ。角を曲がり、そのまま走って駅裏まで行こうと思っていると、突然人とぶつかりそうになった。

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