第二十七話 マタヲの過去
「たしかにリン殿は嘘をついたのかもしれません。でも、それはトモキ殿とともだちになりたかったからではありませんか」
「ともだちになりたかったら、嘘をついてもいいのかよ」
冷たく言い返すと、前田は泣き出しそうに顔をゆがめて「ごめんなさい」とつぶやく。
「たしかに嘘はいけません」と弥平。前田の肩をぽんぽんと叩く。
「リン殿はやり方を間違えました。でもこうして反省しています。トモキ殿だって間違うことはあるでしょう。ですから、そう何もかも拒絶なさいますな。それに」
弥平は『だちだちの花』のビンをぼくにそっと手渡した。そして湿った手で、ぼくの二の腕をぎゅっとにぎる。
「これはあなたにとっても大切な宝物なのです。マタヲ殿を探しましょう。きっとトモキ殿が見つけてくれるのを待っているはずです」
「どうかな」ぼくは鼻で笑った。
「彼女と楽しくやってんじゃない? しばらくしたら、これもとりに戻るよ」
ビンを弥平に押し戻そうとすると、彼は大きく首を振る。
「マタヲ殿の想い人が誰なのか、わたくしは知りません。でもパートナーとは、本当に特別な存在なのです。唯一無二なのです。特にマタヲ殿がトモキ殿にかける思いは、普通のネコマタとはちがう、より強いものがあるはずなのです」
「そうかな」肩をすくめる。
「キャットフードせびってくるばかりで役に立つところなんて、ひとつもなかったよ。おかげでぼくは親とも、もめたんだ」
「よいではないですか、キャットフードくらい」
「よくない」
「はあ、そうですか」
弥平は苦笑いをする。
「マタヲとぼくの絆なんてたいしたものはないんだよ。あいつ、ぼくを困らせることがよろこびだったんだ。先祖の世話になったって言ってたけど、もしかしたら飼われていたときの恨みで、ぼくに復讐しに来たのかも」
「まさかっ」
弥平がショックを受けた声を出す。
「マタヲ殿は本当に心からトモキ殿のご先祖に感謝をしておられたんです」
「たまたま先祖が猫飼ってただけだろ? それがマタヲだったんだ。猫飼ってる先祖なんてたくさんいるよ」
「トモキ殿は、マタヲ殿の過去を詳しく聞いてはいないようですね?」
弥平が頭の皿をなでながら困った顔をする。
「聞いたよ。名前は忘れたけど、江戸時代くらいのときのご先祖が、マタヲの飼い主だったって」
「それだけですか?」
「他になにがあるのさ」
むっつり不機嫌になるぼくに、カッパの弥平は「わたしから話してもいいものかどうか」とつぶやく。
「なに、なんか知ってるの?」
「ええ、まあ」
弥平は「うーむ」と言いながら、ソファに腰を下ろした。
「わたくしとマタヲ殿はだいたい同じ時代を生きてきましたからね。わたくしは生まれながらのカッパで、マタヲ殿が元々は普通の猫だったちがいはありますが」
弥平は「ふーむ」とソファの背に寄りかかり天井を見上げる。
「これはマタヲ殿がまだ普通の猫だったときの話です。マタヲ殿の飼い主は、トモキ殿のご先祖ですが、そのとき、マタヲ殿はまだ飼い主のいないノラ猫でした」
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