第二十一話 ぼくは何も悪くない!

「困っているのはトモキでしょう」

 お母さんの鋭い声に、ぼくはびくりとした。

「お父さんとお母さんにばかり考えさせて。ムダ使いばかりして、プレゼントが買えなくなったのは自分でしょう」

 お父さんが「まあまあ」とお母さんをなだめている。

 マタヲまでソファからおりて、

「まあ、お母さん、そうカッカしないで。あとでぼくも強く言っときますから」 

 と、とりなしている。

 誰のせいで、こうなっていると思ってるんだ。お母さんに「ぼさっとしてる」と怒られたのも、マタヲが騒がしくしゃべるからで、ぼくは何も悪くない。

「トモキ、プレゼントはお金をかければいいってもんじゃないの。忙しいけど、明日お母さんとクッキーを焼くのはどう? それをきれいにラッピングすればいいじゃない」

「いいな。料理ができる男子はモテるぞ。たしか前にチョコが入っていた缶をとっておいたはずだ。バラの絵柄でシャレてるぞ」

「決まりね。明日はなるべく早く帰るから、トモキはクッキーの材料を用意して待ってなさい。レシピ本がここに」

 お母さんはカウンターテーブルのそばにあるスチールラックから、よく使いこまれているレシピ本を抜き出した。

「型抜きクッキーでいいわね。ほら、こういう風にアーモンドを砕いて混ぜたらおいしそうじゃない」

「アーモンドなんて冷蔵庫にあるの?」

 ぼくがたずねると、お母さんは「明日買ってきなさい」とあっさり答える。

「だからお金ないんだって」

「千円あげるわ。それで学校から帰ったら、スーパーでバターとベーキングパウダー、アーモンドと、そうね、アイシングで絵を描くなら」

「その千円でプレゼント買うよ」

 ぼくはすっと手を出した。お父さんは笑ったが、お母さんはバタンと大きな音を立ててレシピ本を閉じる。

「ちがうでしょ。あのね、お母さんは、なんでもかんでも、頼んだらすぐにお金が出てくるなんて、トモキに思ってほしくないの。そうやって手を出せば、お金を渡してもらえるなんて思ってるんなら、大間違いなのよ」

「わ、わかってるよ、そんなこと。でもわざわざ忙しいのにクッキーなんか作らなくても」

「そうよ。お母さんは忙しいのに、トモキのためにクッキーを作ろうって言ってあげたのに、なによ、『お金出せ』なんて。だったら、白浜さんに現金でもあげたらいいじゃない」

「まあまあお母さん」 

 お父さんがお母さんを無理やりソファに座らせた。マタヲもクッションをパンパン叩いてふくらませる。

「さあさ、こいつを使ってくださいよ、お母さん。トモキくんもねえ、ちょっとわからず屋なところがありまして」

「……どっちが」

 腹が立って、つい声が出てしまった。マタヲがどさとクッションを落としたけど、お母さんたちには、ただ自然と転がり落ちたように見えただろう。

 お母さんは「トモキ」と鋭い声をあげると、いらだたしげに落ちたクッションをソファにぶつけるようにして置いた。

「トモキ、何て言ったの?」

「トモキ、プレゼントで悩むことはわかるけど、お母さんにあたることは」

 ぼくはソファに座る二人を見た。すぐ目の前でオロオロしているマタヲに気づかない、鈍感で頼りにならない親を。

「トモキくん、ここは『ごめんなさい』すべきや。親御さんを怒らせてええことなんてない。頭を下げ。な、あとでぼくがいくらでもきみの言い分は聞いてやるさかい、ここはぐっとこらえてやな」

「……うるさいんだよ。だいたいお前のせいだろ。なにが『ごめんなさい』だ。お前のエサを買ったから、ぼくのおこづかいは」

「トモキ、何をブツブツ」

「そうだぞ、言いたいことがあるなら、はっきりと言いなさい。お父さんお母さんはトモキの話をちゃんと聞くから、お前もわかるように話してくれないと。ひとりですねててもしょうがないだろ?」

「どうせ、わからないくせに」

「トモキ!」

 お母さんが大きな声を出す。いますぐ立ち上がりそうな勢いだったけど、お父さんがお母さんの肩をぐいと引いてとどめていた。いまではお父さんまで、眉間に深いしわを作っている。

「トモキ。お前がみんなの前で恰好をつけたいことは」

「恰好つけたいなんて言ってないじゃないか」

「でも、そんなプレゼントじゃ恥をかくと気にしてただろう」

「だって」

「小学生が見栄はってどうするのよ。白浜さんだって高価なものをもらっても困るだけよ?」

「高価なものをあげたいなんて言ってないじゃないか!」

 ぼくは悔しくなって涙が込み上げてきた。

「クッキーの材料に千円渡してくれるんなら、三百円でもいいからくれたら、それでプレゼントを買ってくるよ。百均に行けばかわいいものたくさんあるし。シールかヘアゴムでも渡すよ」

 トモキくん、と太ももに何かあたる。ポンとマタヲが前足で叩いてきていた。

「落ちつき、トモキくん。ようわかる、きみの気持ちはな。でもお母さんは」

「もう、あっち行けよ。うっとうしい!」

 お母さんもお父さんも、ぎょっと目を丸くして固まってしまった。

「な、なんてこと言うのよ」

 お母さんは顔を真っ赤にしている。お父さんが「反抗期か」とつぶやく。

「ちがうよ」

 ぼくは叫んだ。それから、「な、トモキくん」と、わずらわしく付きまとうマタヲに向かって激しく手を振り回す。

「あっち行け! ぼくの前から消えろ!!」

「トモキっ」

「うるさい、もう、うるさいよ」

 ぼくは耳をふさいだ。体中がドクドク脈打っている。

「ぼくは何も悪くないっ。ぼくが悪いんじゃない。ぜんぶマタヲのせいだ!!」

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