第二十話 プレゼントはどうする?
白浜の誕生日会は土曜日、あさってだ。
白浜はプレゼントはいらないと言っていたけど、その言葉をうのみにして手ぶらで行ってごちそうだけ食べて帰ったら、あとでクラスでどういう評判が立つか想像ができる。それにプレゼントの内容もじっくり考えないと恥をかくだろう。
カズヤは中学生のお姉さんがいるから、相談したらいいじゃないかと、ぼくは言ったのだけど、「ヤダよ、からかわれる」が彼の返事だった。
「お前は姉の恐ろしさをしらねーんだよ」
「優しそうな人なのに」
「ちがうちがう。トモキの前では猫かぶってんの。とにかく、姉ちゃんに女子に渡すプレゼントの相談なんかできないって」
「ふうん」
「おれ、ノートとボールペン買おうかと思うんだけど、トモキは?」
「どうしようかなあ」
はっきり言って金欠だった。
小五になっておこづかいは増えたけど、マタヲにキャットフードをせびられるせいで、底をつきはじめている。ノート一冊買えるかどうか。
「林田はハンカチあげるってさ」
「林田も呼ばれてるんだ」
「クラスの男子は全員声かけたみたいだぜ」
カズヤはちょっと残念そうに顔をしかめた。男子は、自分たちだけが誘われたと思っていたかったんだろう。
林田はクラスでも目立たなタイプで口数も少ない。白浜との接点は同じクラスなだけ。そんな彼も、張り切ってハンカチをプレゼントするつもりらしい。
それで喜んでもらえるかどうかはさておき、ぼくはクラスメイトのほとんどが白浜の誕生日会に行くだろうに、前田は欠席するのかと思うと、モヤモヤと胸のあたりがくもってくる。
「ぼくもノートとボールペンにしようか。白浜は犬好きだったよね?」
もやつきをふり払うように、ぼくは明るい声を出した。
カズヤは「えー、真似すんなよ」と文句を言い、それから、「白浜さんはたしかチワワ飼ってんだぜ」と教えてくれた。
「そうだっけ?」
「ああ。最近飼い始めたんだって。知らんかったんか?」
ふっと勝ち誇ったよう笑みを浮かべるカズヤ。ぼくは軽く腕にパンチした。
「はいはい、知らなかったよ。チワワね。白浜さんに似合うね」
「だな。あ、そうか。おれ、チワワの絵がついたノートとボールペンにしよ。トモキ、お前はべつのにしろよ。かぶったらやじゃん」
「わかってるよ」
カズヤは帰ったら、さっそくいいノートがないか見に行くと言っていた。彼はいつも「おれは貧乏で、トモキは金持ち」とぐちを言うけど、ノートやボールペンを買うお金はしっかりあるらしい。
ぼくはすっかりまいってしまって、前田が誕生日会に行かないのなら、自分も行くのをやめようかと思った。おばちゃんちに行くとか、家族の予定があると言って断ろう。
でも、せっかく誕生日会に誘われたのだし、当日に行かなくてもプレゼントだけは先に渡したほうがいいのかも、とかぐるぐる考えてしまう。
まったく本当にめんどうだった。数日前なら白浜のうちに行けると思うと、喜びでいっぱいになっただろうけど、いまはそんな気持ちはわずかもなかった。
ぼくは教室でのことを思い出していた。
前田の顔、白浜の声、カズヤの態度。ぼくは何もできなかった。いや、やらなかった。ずっと黙って前田を見てばかりいた。
マタヲのこと、マタヲが見える人が見つかったこと。
話したいことはたくさんあったのに、ぼくは前田をさけた。
そのことがずっとしこりになって、のどの奥につかえている。
お風呂のとき、ぼくは頭のてっぺんまでお湯につかって、息を限界まで止めた。ギリギリまでねばって、それから勢いよく浮上する。プハッと息を吸い込む。
それでなにもかも、きれいさっぱり忘れたかったけど、思い浮かんだのは前田の顔。それから、白浜の誕生日会のことだった。
「何やトモキくん、今日はえらいはしゃいどんなあ」
風呂椅子に座り、泡だらけになって体を洗っていたマタヲが言った。もくもくの羊のような姿だ。
「……はしゃいでないよ」
「そうかあ? あ、シャワー出してくれる? この前みたいに水やなくてお湯やで、お湯」
「わかってるよ」
シャワーの蛇口を回した。マタヲは腰を上げ、二足立ちになる。
「ええ温度や」
しゃあああああ、と水の音。泡が流れ落ち、ぺったんこになっていくマタヲの毛。案外スリムな体型だ。胴長短足で、お腹はぽっこりしているけど。
「いいよな。お前は悩みがなさそうで」
「あ、なんやて? 水の音できこえへんわ」
「なんでもない」
ぼくはきゅっと蛇口をしめた。
結局、寝る時間になってもいい案が思いつかず、ぼくはリビングでテレビを観ていたお母さんに、おこづかいの前借りを頼んでみることにした。
土曜日に白浜の誕生日会に行くこと、プレゼントを買うお金がないので来月分のおかづかいをさきにもらいたいことを伝える。
お母さんはきゅっとまゆをしかめた。
「まだ今月が始まったばかりじゃない。何をむだづかいしたの?」
ぼくはカレンダーを見た。今月が始まってもう半分は過ぎていたが、ここは黙っておこうと思う。かわりに、しゅんと肩を落とす。
「まさか誕生日会に誘われるとは思わなくて。知っていたら、ちゃんと残しておいたよ」
「計画的に使うって約束したから、四年生のときよりも多くあげるようにしたのよ?」
「わかってるよ。今月はお菓子を買いすぎたんだ。まとめ買いしたんだよ、安いときにさ。まだ部屋に残ってるよ」
残っているお菓子をみせろと言われたら困るところだった。あるのは人間のじゃなく、猫用だったから。でもお母さんは「まったく」と大きなため息をついただけだった。
そこへお風呂からあがったお父さんがリビングにきた。タオルを首にかけ、さっぱり気持ちよさそうだったお父さんだけど、ぼくとお母さんの表情を見て、わずかに顔をくもらせる。
「なんだ、困ったことでもあったのか?」
「トモキが今月のおこづかいを全部使っちゃったんですって」
全部ではなかった。まだ五十円くらいはある。
でもぼくはしょげたまま、黙って肩を落としつづけた。五十円では駄菓子くらいしか買えないのは本当だから。まさか白浜へのプレゼントに小さなスナック菓子一つというわけにはいかない。
「トモキ、何をムダ使いしたんだ?」
お母さんとはちがい、お父さんは不機嫌にはなってなかった。
仕方ないなあという顔をして、どさりとソファに座る。
お母さんは、テレビのきると、むすっとした顔で腕を組む。
「ムダ使いじゃないよ。かしこい買い物をしたつもりだったんだよ。まとめ買いしたんだ、まさか誕生日会に誘われるとは思わなかったから」
「誕生日会?」
お父さんがお母さんと目を合わせる。お母さんは、「クラスの女の子よ。白浜さん。ほら、PTAの」
「ああ、会長さんとこの。へー、女子の誕生日会にね」
お父さんがにやっと笑うので、
「クラスの子は全員誘われたんだよ」とすかさず言う。
「カズヤはノートとボールペン買ってプレゼントするんだって。だから」
「トモキはお菓子にしたら? たくさんあまってるんでしょ」
お母さんが言った。ぼくはさっきの言った自分の発言を悔いた。
お菓子はお菓子でも猫用だ。ここで犬用だったらまだ助かったのに。白浜は犬を飼っていると知ったから。
「だ、ダメだよ。安いお菓子ばかりだもん。ちゃんとプレゼントっぽくないと恥かくよ」
「じゃあ、絵を描いたらどうだ。好きなキャラクターか、白浜さんの似顔絵は?」
お父さんがソファの背にゆったり体をあずけながら、そう提案してくる。ぼくはつい鼻にしわを寄せてしまった。
「ヤダよ。もっと恥ずかしいじゃん」
「そうかあ?」
実はお父さんの横には、似たように首にタオルをひっかけたマタヲが座っていた。すっかり家族の会話に参加しているつもりだ。
マタヲは「パパさんセンスあるわあ。ぼくもさっきからそう提案しとったんですわ」と、お父さんには聞こえもしないのに、陽気にそう声をかけている。
「トモキくん、ポエムは。恋のポエム。知っとるで、白浜ちゃんのこと好きなんやろ? な、手つどうたるからポエムと似顔絵にし。それか、匂い袋作るか? ぼくが香りのええ草花を摘んできたるから、乾かして小袋につめたらええんや。女子にはウケんで? まかしとき、ぼくはセンスええから、白浜ちゃんが『素敵な匂いやわあ』てうっとりすることまちがいなしやわ」
「トモキ」
マタヲの声を頭から締め出そうとしていると、お母さんの声が割り込んできた。お母さんは「まったく、すぐぼさっとするんだから」と怒っている。
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