第十六話 小さなお地蔵さん
「このお地蔵さんでいいのか?」
ぼくらは駅裏にある小さなお地蔵さんの前にいた。とても小さなお地蔵さんでぼくらのひざよりも低い高さまでしかない。灰色になった古びた木材で囲まれている。
ここにあると知らないと見つけられないと思う。周りは長く伸びた葉っぱにおおわれていて、誰も手入れをしていないようすだ。
「あのね、ここのお地蔵さんは子どもの味方って聞いたのよ」
前田は彼女のうちの庭で摘んできた花をお供えした。ジニアだと言っていた。丸い形の花で中央は黄色い輪の模様をしている。
前田は、以前ここへ来た時に小ビンを花筒がわりに置いて行ったとのことで、まだ水が入っているそれに、今回も花をさしていく。
「聞いたって、おばあさんに?」
ぼくは足で周囲に伸びる草を踏んずけて足場を広げていた。前田は「うちのおばあちゃんじゃなくて、駐輪所のおじいちゃん」と答える。
「あるでしょ、駅前の自転車置き場。お金払って高校生とかが自転車置いていくの。そこのおじいちゃん。このあたりを見て回っていたときに会ってね、教えてもらったの。その人も妖怪が見える人なのよ。いまは見えなくなったらしいけど、若い時はたくさん見たって」
「ほんとに?」
ぼくは目を丸くした。駅は小学校とは反対側にあるし、仲の良いともだちの家もこの周辺にはなかったから、あまり遊びに来たことがなかった。駅を利用することもほとんどないから、そんなおじいさんがいるとは知らなかった。
「なんだよ。妖怪が見える人、けっこういるんだな」
いままでの孤独が嘘のようだ。前田は、「昔は見えたって。いまは見えないのよ」と強く言った。
「ふーん。見た妖怪ってなんだろ。ネコマタかな。おれもさ、いずれマタヲが見えなくなるといいんだけどね。いまのところ他の妖怪は見たことないから、パートナーになったマタヲ以外、妖怪は見えないのかもしれないけどさ」
前田には、ネコマタの掟や、ネコマタ協会、『だちだちの花』や、それが咲いたときにネコマタとしてレベルアップするなどの話をしていた。『だちだちの花』がマタヲの弱点になるかもしれない、ということも説明してある。
前田は、最初「そんなの常識よ」と鼻を鳴らしていたけど、本音は初めて聞いた内容ばかりだったらしく、「それで、確認だけど、もう一度最初から説明してくれる? あなたが間違っているといけないから」と、何度もしつこつたずねてきた。
そのたびにぼくはマタヲのムカつくエピソードを増やしながら話していき、前田は「あら、そんなのかわいいじゃない。今井くんは心が狭いのよ」と相づち、そのうちに「まあ、それはうっとうしいかもね」と共感してくれるまでになった。
特にマタヲがいっしょにお風呂に入りたがる話にははげしく同情してくれた。
「あいつ、猫だけど風呂好きなんだよ。毎日洗ってくれっていうし、毛がびしょびしょになるから、ドライヤーで乾かす必要があるんだ。しかも母さんの香りがいいシャンプー使いたがるしさ。あれ高いから、おれと父さんは使用禁止なのに。そろそろ母さんがボトルの減りが速いって気づくきがしてさ、ちょいちょい水で薄めてんだけど」
「ネコマタは水が苦手なはずよ」
「そうだろ。本にだって」
と、ぼくは図書室で借りていた『妖怪なんでも百科』のことを思い出した。前田は図書室を出て行くとき、これみよがしにあの本を振ってにやりと笑った。
「あのさ、妖怪百科のことだけど」
前田はいっしゅん、きょとんとしたが、すぐにハッとする。
「あ、あれはその。今井くんと話すきっかけがほしくて」
ごにょっと何か言ったがよく聞き取れなかった。
ぼくは「べつにもう怒ってないんだけど」とつづける。
「読みたかったら読んでいいよ。ネコマタのページに興味があっただけだし、弱点に書いてあった水はマタヲには当てはまらなかったしね」
マタヲはお風呂でも「ぼくは泳ぎが得意なんや。長江を泳いで向こう岸に渡ったこともあんねん。アレは死ぬ思いやったけどな」と笑いながらバシャバシャしている。
「いつかぼくの犬かきを見したるわ。ぼく猫やけどな。ニャッハハハ」
爆笑するマタヲの猫ギャグにうんざりしながらの入浴は、湯船でも、出たあともどっと疲れる。浴室も脱衣所もマタヲの毛だらけ。ぼくの肌にも毛がくっつく。
でもマタヲが見えないお父さんやお母さんは、ホコリが増えたくらいにしか思わないみたいだけど。
「あの本は」
前田は申し訳なさそうにまゆをよせる。
「その、いま返すわ。また自分でちゃんと図書室で借りるから」
「いいよ、読みたいんだろ? あとでぼくか、ぼくが図書室当番しているときに返しにくればいいよ。それより、マタヲのことだけど……」
というわけで、マタヲの話は尽きず、まだまだ語り明かしたいほどだったけど、それは次に持ち越しにした。
まずは前田がいうお地蔵さんにマタヲの退治を頼むことが重要だ。
そうして、前田の家を出て数分の場所、駅裏にある小さなお地蔵さんの前で、ぼくらは手を合わせている。
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