第十四話 わたしは妖怪が見えるの
「白浜さんとさ」
ぼくは親切心から言った。
「もうちょっと普通に仲良くすればいいのに。わざと怒らせたり傷つけたりするようなこと言ってるだろ? ああいうことするから、嫌われて図書室のときみたいな目にあうんだよ。グループに入らなくてもさ、ただ静かにしてれば相手にもされなくなるって」
「だって」
前田はますます顔をしかめる。口をとがらせ、まゆと鼻がくっつきそうだ。
「あの子、きらいなんだもの。見ていて本当に不愉快よ。でも人気なのね。どうしてかな。不思議。顔だってチワワみたいじゃない」
「チワワって」
「チワワみたいよ。目ばっかり大きくて飛び出そうじゃない」
「かわいいと思うけど」
「あーそっ。なんだ、今井くんも白浜ファンか。そうだよね、学校中の男子は白浜のいいなりだもんね。でもあの子、中学生の彼氏がいるのよ」
「彼氏なんていないよ」
「知らないんだ。女子はみんな知ってるわよ。わたしだって白浜が自慢しているの聞いたことあるもの。超カッコ良くて優しい彼氏なんだって。でも小五とつきあう中学生なんて、ちょっと気持ち悪いわ」
「気持ち悪いなんて言うなよ」
ぼくは弱々しい反論をしていた。
「うちの父さんは母さんより五才も年上だぞ。べつにおかしくなんか」
「年齢差のことを言ってるんじゃないわ。今井くんて、へんなこと言うのね」
「へんなのはそっちだろ」
「そうね。わたしはどうせへんよ」
むっつりと二人してにらみ合う。
自己紹介で陰陽師の生まれ変わりです、なんて言うやつに、へんなんて言われたくない。本当に前田は人がムカつくことをすぐに言うやつだ。
「お前みたいなやつ、嫌われて当然だな」
つい口に出していた。前田はわずかに目を見開いて表情を崩したけど、すぐにまたものっすごく険しい顔でにらみつけてくる。
「わたしだって周りの子はみんな嫌いよ。おあいこなんだからね。今井くんのことだって大嫌いよ。白浜が好きだなんて、頭がどうかしているわ」
「好きだなんて……と、いうかさ。お前、おれに『ともだちになってあげてもいい』とか言ってたろ。わかってんだぞ。お前こそ、おれのこと好きなんだろ!」
「なっ」
顔を真っ赤にする前田。その反応に、こっちまで恥ずかしくなってきた。
でもここで引くわけにはいかない。この反応は図星だ。心臓がドクドクする。
「だけどな、おれは」
「わたしが好きなのは妖怪よ!!」
前田は絶叫する。
「勘違いしないでちょうだい。わたしが好きなのは妖怪なの。誰があんたみたいな男子を好きになると思うわけ? まったく、失礼だわ。ちょっと優しくしてあげたからって、つけあがるんだから」
こいつがいつ、ぼくに優しくしたのか記憶にない。
「お前な」
「わたしが好きなのは妖怪。いいこと、妖怪が好きなの。わかった?」
「ああ、はいはい。わかりましたよ。安倍晴明だっけ? 生まれ変わりだもんな。妖怪好きなんてぴったりだ」
「そ、そうよ。でもね、妖怪には悪い妖怪と良い妖怪がいて、わたしは悪い妖怪を退治することもできるのよ。それに仲間の妖怪の力を借りて、あんたたちをおとしめることだってできるんだから。言葉に気を付けることね」
「へー、それはすごいな。だったら、いつも妖怪たちに助けてもらえばいいのに。トイレに閉じ込められたときも、妖怪に開けてもらえばよかったじゃんか」
「いつもそうしてる。たまたまタイミングが」
「タイミングね。そうだよな、妖怪も忙しいもんなあ」
顔だけでなく、首や腕まで赤くする前田。ぼくも悪ノリが止まらなくなっていた。
「妖怪はいるの。わたしは見えるのよ!」
「そっか。妖怪はいるんだ。前田は妖怪と仲良しの妖怪女なんだな」
「ち、ちがう。わたしは妖怪を退治するの」
「仲間じゃなかったのかよ? 嘘なんだろ、言ってることめちゃくちゃだ」
「嘘じゃない。本当に見えるの! 最近だってネコマタを見たわ。本当よ、尻尾が二つにわかれてたんだから」
「え」
「ネコマタよ。他にもいろんな妖怪を」
「その猫。本当にネコマタだったか?」
ぼくは前田の肩をつかんだ。前田はぎょっとして身を引く。
「な、なによ。本当よ。本当に本物のネコマタだったわ。しゃべったのよ。わたし、ネコマタと会話したの」
「どこで会った?」
「どこって」
前田は驚いた顔をした。それから、肩をつかんでいるぼくの手を振り払う。
「どこだっていいでしょう。あのね、妖怪はあちこちにいるの。あなたには見えないだろうけど」
「どこで見たんだよ。ここか? 神社か?」
「そうよ、神社でもそうだし、スーパーの前とか。学校でも見たわ。教室をうろちょろしてたの。机の上でお腹を出して寝ていたんだから。誰も気が付いてなかったけど、あなたの近くにだって」
ぼくは思わず笑顔になった。
抑えようとしても抑えられない喜びに、飛び跳ねたくなる。
前田にハグして「ありがとう!」と言いたくなったが、さすがにがまんしてこぶしをにぎるだけにした。
「前田、おれお前のこと好きだ」
「ふええええっ!!」
よろよろと腰を抜かしそうになる前田の腕をつかむ。前田は「さ、さわらないでちょうだい」と文句を言って手を振り払ったが、いまはぜんぜん腹立たしくない。
「ごめん。でもうれしくってさ。うわあ、見つけた。やった。もうぼくだけじゃない」
「い、今井くん?」
「前田さん!」
「はいっ」
「前田さんはさ、妖怪退治もできるんだよな」
「も、もちろんよ」
「あいつ、あのネコマタは性悪なんだ。最低最悪で、おれの人生をめちゃくちゃにしてて。だから、前田さん。頼むよ、あいつを退治してくれ」
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