第十三話 神社でばったり

 石段はでこぼこしていて何度も転びそうになった。半分まで来たあたりで石段に腰をおろして休憩した。ペットボトルのふたをひねる。汗ばんできていたので、スポーツドリンクがおいしかった。体にしみわたる気がして、「はあ」と大きく息を吐く。

 ここまで登ってきただけでも、けっこうな高さがある。ただ両端を木が覆いはじめているので、石段とそのすぐ下につづく道路のアスファルト以外、何も見るものはないんだけど。

 いつから落ちているのかわからない枯れ葉が石段の角のくぼみにたまっていた。

 地域の人が掃除をしているはずだけど、なんだかこの場所は忘れ去られたように、ひっそりとしている。

 お祭りのときは、にぎやかなのにな。

 ぼくはペットボトルのふたをかたく閉めると立ち上がり、先に進むことにした。

 息があがり、ふくらはぎが重くなってきたころ、やっと神社が見えてきた。

 お年寄りの中には毎日朝と夕方、この神社に上がってきてあいさつすることを日課にしている人がいるらしいけど、すごい体力だ。

 ぼくはへとへとで、思いつきで来るようなところじゃないな、と呼吸を整えながらひたいの汗をぬぐった。

 最後の一段をかみしめるように踏み、神社の土と砂利の上を進む。

 いつも人がたくさんいるときに神社に来ていたから、こうやってゆっくり神社を観察するのは初めてだ。

 神社の鈴は思っていたよりも小さくて、狛犬も顔や模様がわからないほどすり切れている。ぼくが狛犬の頭に手をやって、そっとなでようとすると、

「ねえ」

 声がしてドキリとした。

 びっくりして狛犬を見つめる。もしかしてこいつしゃべった……?

 息を止めて硬直していると、「あははは」と笑い声がして、神社の裏手から女の子が出てきた。

「やだ、今井くんたら。狛犬が話したと思ったの? 幼稚ねえ」

 前田リンだ。前田はぼくに近づくと、狛犬を指さした。

「この子の名前、わかる?」

「さあ」

 会いたくないやつの顔を見ることになって、ぼくは不機嫌になった。

 前田はそんなぼくの態度に気づかないのか、

「こっちは阿形あぎょう。そっちは吽形うんぎょう。阿形は狛犬じゃなくて獅子なのよ」

「へー、そう。どっちも狛犬って呼ぶと思うけどね」

「まあ、一般的にはそうね。でも、こっちの」

 聞いてもいないのに、つらつらと説明を始める前田。ぼくはうんざりした。

 せっかく苦労して階段をのぼった先で、前田のうんちくを聞かされるはめになるとは。しかもまったく興味がない。ぼくは、どっちが犬で獅子なのか、どういうちがいがあるかなんてどうでもよかった。神社には狛犬がいる。それだけで十分だ。

「前田さんは何でここにいるんだよ」

「うーん、今井くんを待ってたの」

 くすっと笑う前田。ぼくの眉間にしわがよる。

「嘘だろ。やめろよな。そういう性格しているからいじめられるんだぞ」

「いじめって?」

「図書室で」

 そこまで言って、ぼくは口を閉じた。前田は「あー」と人差しで自分のくちびるを叩いている。

「今井くん、わたしのこと助けてくれたでしょう?」

「本を落としたことを言ってるんなら、ちがうよ」

 気づいてたのか。前田のような人間だと、ああいう他人の配慮には気づかないのかと思った。でも、やっぱり前田を助けたわけじゃない。

「あの空気がいやだったんだ。ギスギスしてるっていうか。ぼくのいないところでだったら、前田がどの女子ともめてようと、知ったこっちゃないよ」

「ふーん、そう」

「そうだよ」

「わたし、女子トイレに閉じ込められたこともあるのよ」

「誰に?」

 ちょっと驚いてたずねると、前田は、どうでもいいこと、といわんばかりに肩をすくめる。

「決まってるじゃん。白浜たちよ。あの子たち、気持ち悪いよね。いっつもくっついてて、くだらない話ばっかり」

「……閉じ込めるのはよくないよな」

「でしょう?」

「だって使いたい人が使えなくなるだろ、トイレ」

 前田はきゅっと顔をしかめた。

「あっそ。ま、わたしは平気だったからいいけど。それより、今井くんのほうこそ、神社に何の用? 誰かと遊ぶ予定だったの?」

 前田はぼくが持つ袋に目をやった。ペットボトルは空になっていたけど、お菓子には手をつけてない。

 前田は「鈴原くんが来るの?」と言いながら、袋の中をのぞく。

「猫飼ってんだ、今井くん」

「え」

「だって、たくさんキャットフードがあるじゃない。あれ、でも猫アレルギーって」

「言ったけどさ。これは、その。その……」

 ぼくは戸惑い、前田から目をそらせた。

「猫アレルギーは母さんがそうなんだ。だからうちでは猫は飼ってない。これはノラにあげるんだ。最近近所でうろちょろしてるから」

「そうなんだ」

 前田は納得している。ぜんぜん疑っていない顔を見ると、良心がちくっとした。

 うちは誰も猫アレルギーじゃないし、近所で見かけるノラ猫もいない。

 いるのは邪魔くさいネコマタだ。

「鈴原くんが来るんだったら、わたしもう帰ろうかな」

 前田はつまらなそうにスニーカーの先で砂利をけった。

「あの人、わたしのこと嫌ってるし」

「カズヤは前田さんのことを嫌ってるわけじゃ」

「そうね。わたしのことなんて鈴原くんだけじゃなく、みんな嫌ってるものね」

「いや、その」

「今井くんもわたしのこと嫌いなんだよね。わたしとともだちだって言ったとき、ものすごく嫌そうな顔してたもの」

「それは」

「いいの。わたし、幼稚な人たちと仲よくするくらいなら、ひとりのほうがいいもの。人のことをからかって楽しむ人に頭を下げて、ともだちごっこをしてもらうくらいなら、教室で本を読んでいたほうがまし。本当は学校にだって行きたくないくらいよ。勉強なら教えてもらわなくても自分で出来るんだから」

 そう言えば前田はテストの成績が良かった。授業中に挙手することもないし、当てられても嫌そうにしているけど、頭はいいんだ。

 それこそ、白浜よりも成績は良いと思う。前田が転校してくる前までは、白浜ユメが学年でいちばん頭が良かったのに。

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