第十二話 尾行してこい
「なんやのー、まったく。もらえるもんはありがたく頂戴するけど、べつに怪しいことなんて、あらへんやったやん」
「ぼくのことを見てた。写真も撮ろうとしてたんだ」
「ほんまかいなあ。気のせいや思うけどなあ」
マタヲは耳のうしろをポリポリとかく。
「まあ、トモキくんが尾行せい言うんならしたるわ。ちょうどパトロールの時間やしな。町内ぐるっと回って帰るから、トモキくんは宿題してお利口に待っててな」
「わかったから、早く行けって」
「はいはい。なんやのー、ヒーロー気取りかいな。『ぼくが捕まえてやる!』」
さっきのぼくを真似るマタヲ。ぼくはマタヲの背をぐいと押し出した。
「いいから行けって。うちの学校には白浜ユメがいるんだぞ。写真を撮られてみろよ。それを見た変質者がわいて出て、町は変態だらけになる」
「なるかいな、そんなもん」
おやつパックを開け、さっそく食べ始めるマタヲ。
「ちょっとかわいい子が仲良くしてくれる思うて、きみは舞い上がってるんやね。隣の席やもんねえ。まあ、あの子は目のクリクリしたかわいらしい子やけど、ぼくの好みとちゃうからな」
マタヲはこっそり学校に来たことが何度もある。最近はぼくがものすごく怒ったので来なくなったけど、そのとき、ぼくの机に座り、隣の白浜を「ほー、この子がトモキくんのガールフレンドかいな」と見ていた。
ガールフレンドじゃないけど、そう思われるのも悪くない。だから黙っていたけど、帰宅時には「あの子はトモキくん以外にもボーイフレンドたくさんおるね。きみは下僕一号やね」と言ったのでケンカになった。
「猫の好みなんてどうだっていいんだよ。とにかく、あの女を見うしなう前に行けってば」
「わかった。わかりましたよ。そう叩きなさんなて。痛いわ、乱暴な子や」
マタヲは「もうひとつくれ」と催促したけど、ぼくはやらなかった。
「一日一袋じゃなかったのかよ」
「ケチ。これから変質者を追うんやろ。危険な任務や。追加料金がいる」
「相手が変質者でもお前の姿は見えないんだから、危なくない」
「なんや、そんなんわかるかい。見える変質者かもしれへんやんか!」
「うるさいな!」
もう一袋、マタヲにフードを投げてやる。
「食べ物を投げたらバチあたるで、トモキくん」
マタヲは怒った声をあげたが、はやくも二袋目を開け食べ始める。
「カリカリうまいわあ。削りかつおの粉末が効いてんのやね、風味がある」
「いいから、早く」
「行くて。行きますよ。ほな、トモキくんはまっすぐうちに帰るんやで」
やっとマタヲはトコトコと通りを歩き、横断歩道の前についた。
信号は青だったが、いったん立ち止まり左右を確認している。それから、二又の尻尾をぴんと立てて道路を渡っていった。
じれったい。見失ったらどうするんだ。
でもまあ猫だし、妖怪だ。たぶん、においか何かをたどって、いまからでもあの不審者に追いつくだろう。
ぼくは「よし」と気合を入れるとポストのかげから出た。
まっすぐうちに帰ろうとも思ったけど、不審者に会ったんだと思うとソワソワして落ちつかず、家で宿題や動画を観る気分にはなれなかった。
ぼくも不審者退治のために何かできることはないだろうか。カズヤのうちに言って、このことを話そうか。
でも、マタヲがいま尾行しているなんて話せないし、本当に不審者なのかはっきりしているわけでもない。
もうちょっと情報が欲しいよな。他にもあの女を見たことのある子はいるかな。
家に向かって歩きながら考えていると、角を曲がったところで神社に行く石段が目にとまった。
小さな無人の神社だけど、お祭りのときは神輿が出るし、神楽もやる。
石段をのぼった先は森のように木が茂っていてうす暗い。それに石段は長く、神社の場所まではけっこう距離があるから、お祭りの時以外、人はあまり立ち寄らない場所だ。
でも高い場所にあるから、町のようすを眺めるには都合がいいかも。神社の裏手のほうは木が少なくなっていて町やとなり町との間に流れる川もよく見える。
望遠鏡があるわけじゃなし、ぼくがそこへ行っても不審者を見つけられるわけじゃないけど、なんとなくモヤモヤしている気持ちが晴れる気がして、ぼくは神社に行ってみることにした。お菓子を持っているし、少し戻ったところに自動販売機があったから、お茶かジュースを買って、神社で食べよう。
ぼくは意気揚々と来た道を戻り、自販機でペットボトルのスポーツドリンクを買うと、駆け足で神社の石段をのぼった。
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