第五話 転校生の前田リン

 昼休み。ぼくは図書室にいた。

 今年度、ぼくは図書委員になったのだ。本当は放送委員がよかったんだけど、ジャンケンで負けてしまった。カズヤは勝利して、見事、白浜ユメと同じ放送委員になった。

 放送委員は給食の時間、好きな音楽やアニメを放送できるから人気の委員会だ。それに、あの学年一かわいい女子、白浜ユメも放送委員に立候補しているとなったら、熾烈な争いが起こる。ぼくは敗北したわけだけど、実はそんなにがっかりはしていない。

 白浜さんと同じ委員になりたかったけど、同じ班で隣の席ってだけで十分ラッキー。それに、ぼくは読書が嫌いじゃない。大好きってほどじゃないけど、「図書委員だと好きな本を図書室に入れてもらえる」という役得に魅力をかんじる程度には本が好きなんだ。

 もちろん、図書室の先生がオッケーを出さないと、本は入れてもらえないけど、イラストの多い事典とか、ゲームブックも図書室の置いてくれるから、結構なんでも好きな本を頼める。それに、入ったばかりの本はいちばんに借りることができるんだ。

 というわけで、ぼくは先生に頼んでおいた『妖怪なんでも百科――あの有名妖怪の意外な弱点も丸ハダカ!?』をほくほく顔で腕に抱えていた。こいつで探ろうとしているのは、ほかでもないマタヲ、あのネコマタ妖怪マタヲの弱点だ。

 ぼくはカウンターの当番仕事にひまができたとたん、『妖怪なんでも百科』のページをめくった。目次によると、ネコマタはまんなかあたりのページだ。

 さっそくそのページを開いて、じっくりと読み始める。イラストは不気味というより、かわいいかんじの白いネコマタで、マタヲのように長毛のモフモフではなく、よく見かける短毛の猫だ。でも、ちゃんとマタヲと同じように尻尾は二又にわかれている。

 この百科によると、ネコマタの趣味は手ぬぐいをかぶって踊ることとある。

 マタヲはよく手ぬぐいで『だちだちの花』が入ったビンをみがいているけど、あれをかぶって踊ることもあるんだろうか。

 あまり見たくないような、それでもちょっとだけ見てみたいような、そんな複雑な気持ちのまま読み進めていると、頭上で声がした。

「ねえ、あなたも妖怪が好きなの?」

 そこにいたのは、クラスメイトの前田リンだった。

 前田は今学期からぼくのクラスに転校してきた女の子で、気の強そうな目をした、とっつきにくいタイプの子だ。いまのところクラスどころか、校内でも仲いい子はできていないようで、いつもひとりでいるところをよく見かける。

 いまも彼女はひとりで図書室に来たようで、隣には誰もいない。手には黒い表紙にガイコツの絵が描いてある本を持っている。

「借りるの?」

 ぼくは、またへんな本を借りるんだな、と思いながらも、図書委員の仕事をしようと、そう声をかけた。すると、前田は「ううん、返しにきたの」とカウンターに本を置く。

「そう」

 ぼくは本を手に取り、背後にある返却ボックスに、その本も入れた。それから振り向いて、まだ前田が立っていることに気づいて、わずかに顔をしかめてしまった。

 前田はぼくが読んでいた『妖怪百科』をしげしげと見ている。

「昨日入ったばかりの本なんだ。読みたい? だったら、ぼくのあとに借りられるようにするよ。明日か、明後日には読み終わると思うし」

 親切なぼくはそう前田に声をかけた。実はクラスメイトだというのに、こうやってあいさつ以上の会話をするのは初めてだった。転校生といっても、そろそろクラスになじんでもいい頃なのだが、前田はそのにらむような目つきと、なにより性格のせいで、クラスでも浮いている。

 どういう性格かというと……

「あら、こんな幼稚な本に興味なんかあるわけないじゃない。あなた、こういうのが好きなの? あのね、妖怪っていうのは」

 ……こういう性格だ。

 前田は転校初日からやっかいな性格を爆発させていた。

 あの日、青山先生が「それじゃあ、前田さん、自己紹介して」とうながしたあと、彼女はあごをつんと上に向けて、えらそうにこう言った。

「わたしは安倍晴明の生まれ変わりなの。知ってるでしょ、安倍晴明。有名な陰陽師よ。わたし、その人が転生した姿なの。だから前田じゃなくて『晴明』って呼んでほしいわ。みなさんもそうしてくださる?」

 そのときの教室の静まり返りようといったら。他人事なのに、ぼくのほうが胃がちぢこまって変な汗が出たくらいだ。あのいつも機嫌の良い青山先生ですら、こわばった表情をしていた。

「ねー、それってあだ名を晴明にしてほしいってこと?」

 声をあげたのは、白浜ユメ。学校一のかわいい子は学校一の人気者、クラスでも彼女の言葉は何よりも重要だ。そして、こういうとき、いちばんに声をあげる白浜の性格の良さに、誰だって賞賛の眼差しを送る。ぼくだって隣の席で感動に打ち震えていた。

 けど、この救いの手ともいうべき白浜の言葉も、前田リンには通用しなかった。

 前田は、あきれたというようにため息をついた。冷ややかな目を白浜に向けると、

「あだ名じゃなくて、わたしが晴明なの」

 と言った。驚愕したね、ぼくは。いますぐ席を立ちあがって教室から出て行きたくなった。

 ぼくは本当におだやかで平和な空間を好むんだ。胃がギリギリして心臓が口から出そうなことはやめてもらいたい。

 隣に座る白浜は、元々大きな目をさらに大きくしていた。口もあんぐり開いている。

 ぱくぱくとコイのように開け閉めしたけど、すぐに気をとりなおしたのか、きゅっと引きしまった顔になった。

「あ、そうなんだ。ごめんね、わたしバカで」

 バカで、のところに含みがあった。察しのいいぼくには通じた。

 他のクラスメイトも女子を中心に理解したらしい。

 この「バカ」には「この子すごく変わりもの」と「かかわるのはよそう」という意味がこれでもかと詰まっていた。嫌味たっぷり、とろりとしたハチミツたっぷりのパンケーキが浮かぶ。

 けど、前田リンはへっちゃらどころか、言葉の意味について考える気もないらしく、

「わかればいいわ」

 なんと腕組みをしてふんぞり返った。

 これには青山先生も声を張り上げる。といっても、怒るのではない。

「さあ、みなさん仲良くしましょうね。前田さんはいちばん後ろの席ですよ。さ、それでは五年生になったみなさんには、新しい委員会とクラブについて……」

 前田は不満げに口をとがらせていたが、てきぱきと話を進める先生を横目でにらむようにしながら、自分の席へと向かった。途中、カズヤが「セイメイ」と小声でつぶやいたが、前田は無視をしていた。

 そんな転校生デビューを果たした前田は、初っ端から変わり者のレッテルを所持している。

 ぼくもできる限り、彼女とは関わらないようにしていた。

 初め、ぼくは、顔を合わせたら、あいさつはしようと思っていた。でも、「おはよう」に「そうね」と短い返事。しかもギロッとにらんでくるものだから、最近では声をかけなくなった。

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