第四話 毎日が理不尽
「あら、ここにいたの、トモキ」
いつもより早く仕事が終わったらしい。笑顔のお母さんがリビング入って来る。
手にはパンパンにふくらんだエコバック。きっとスーパーによってきたんだ。
ぼくは動かなくなったタブレットを背中にかくす。
「なに買ってきたの、お母さん」
「トモキ、宿題はおわったの?」
お母さんはカウンターテーブルにエコバッグを置いた。袋の中から、まずは牛乳が出てきた。それから食パン、かつお節のパック。
ぼくはそれらに目をやりながら、軽く肩をすくめた。
「これからやるとこ。今日は宿題多くないよ。ねえ、何か」
食べるものないかな、と口にしようとしたぼくは、陽気だった。
お母さんは、さっきまでのにこやかさが嘘のように、しかめっ面をする。
「遊ぶのは宿題がすんでからって、いつも約束してるでしょう?」
「あー、うん。あのね、これで漢字アプリをして遊ぼうと……」
ぼくはバカをやった。背中からタブレットを出して、お母さんに見せてしまった。
「そうなの?」
お母さんは半信半疑って態度でぼくからタブレットを取り上げた。そして、画面を見てタップする。首をかしげ、スタートボタンを長押ししている。
やっちまった。ぼくは「あのさ!」と声をあげた。
「なんかね、調子悪いよ。急に画面が暗くなってさ。壊れちゃったんじゃない?」
口走りながら、目はマタヲを探していた。
あいつは、そろーりそろーり、とリビングから逃げようとしていた。
じいぃとにらんでいると、お母さんが怒った。
「トモキ、また乱暴にあつかったんじゃないでしょうね? この前もへんなところを押して動かなくしてたでしょう」
「え、いや、その」
前、画面がフリーズしたのは、マタヲがめちゃくちゃにタップしまくったせいだ。
「おおお、なんやのん、この虫は。これ、それっ、あああん、トモキくん、こいつは燃えまんなあ」
と、マタヲはアプリゲームにドハマリしたのだ。飛び回るハエやチョウをタップするゲームだったんだけど、ためしに見せたらマタヲの「きゅんきゅんハート」をぶち抜いたらしい。
興奮したマタヲがばすぼす肉球で叩き、爪まで出すもんだから、画面にはキズが、しまいには画面がフリーズした。
そのときも、ぼくはお母さんに「物は大事にしないとダメじゃないの!」と怒られた。
そう、ぼくが、怒られたのだ。
そして、今日もぼくが壊したことになった。ぜったい、マタヲがテーブルから落下させたせいなのに。
「トモキったら、最近乱暴よ。ランドセルだってそんなところに投げて」
「うっ」
「ほら、もう夕飯の準備をするから、上に行って宿題をやってなさい!」
理不尽だ。まさに最近のぼくを表す言葉として、この間見つけた言葉、『理不尽』。
むっつりうつむきながら、ぼくはマタヲが小憎たらしいほどゆっくりと歩いている姿に目をやった。あいつは泥棒のように一歩ずつ進んでいる。
「おおお、くわばらくわばら。ひとまず退散や」
ああ、ムカツク。
ぼくがキーッとなりかけていると、お母さんが「トモキ!」と怒鳴った。
「なんなの、さっきから不満そうな顔ばかりして。そんなにお母さんのことにらむことないでしょう。夕飯抜きにしてもいいんですからね!」
虐待だ。しかも理不尽な理由で。
でも仕方がないのかもしれない。だって、……だってマタヲは……
「トモキくんよ、とりあえず『ごめんちゃい』しとき。な、ごめんちゃい」
リビングの入り口まで到達したマタヲは、すくっと立ち上がり、同情するような眼差しでぼくを見る。誰のせいだと……、だーれーのーせーいーだああああ!!
あの声も、おっさんみたいな口調も、モッフモフのハチワレ猫の姿も。
なーんにもっ。
お母さんには聞こえない、見えない、気づかない。
マタヲはぼくにしか見えない。
だから、今日も。
「トモキっ」
怒られるのは、ぼくだ。
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