"トリフティー"ゲインの憂鬱(5)
早速防犯カメラの映像データを情報端末に転送してもらい確認をしていく。
「カメラの映像は一応社外秘扱いだからそのデータは60分後もしくはビルから出た瞬間に消えるわよ」
「すまない。詳しいことは言えないが、昨日の夜から今朝までの間にここに持ち込まれたあるモノについて調べている」
「ふうん」
クレアも画面を覗き込んでくる。
3人がひとつの小さな画面を見ているものだからとても狭い。室長の顔をわたしとクレアの顔が挟むような形だ。クレアの甘い香水の匂いが微かに鼻をくすぐった。
第ゼロ開発室の棚は手前の最下段で、荷物をとる時は必ずしゃがまなければならない。1段の高さは50センチ程度の立方体だ。
「あっ、これは!」
「なんだ、まだ見始めたばかりで何の動きもないが」
「いえ、これは室長、もしかして両手に花というやつでは……」
室長は画面から目を離さずにそうだなと言った。
「キミが花であると言う条件つきだがな」
「きーっ!」
「あなた達面白いわねぇ」
結局最後まで見ても、不審な点は見当たらなかった。もちろん人の出入りはあるにはあるが誰も例の手紙らしきものを第ゼロ開発室の棚に置いた者はいなかった。
「これはどういうことだ」
室長は眉間を指でトントンと叩いた。
「クレア、キミは退社する前に棚に残っているものがないか調べたりするか」
「もちろん、夕方になっても取りに来ない部署があれば連絡する決まりだし、退社前に何か荷物が残ってれば必ず記録しておくわね」
「記録を見せてもらっても?」
「いいわよ」
しかし収穫はなし。
もちろん昨日の夕方の時点で、第ゼロ開発室の棚には何も残っていなかった。
わたしがバゲッジルームを訪れるまでに第ゼロ開発室の棚に近づいたのはたったひとり。
宅配便の配達員のみ。
だが彼は手のひらサイズの小箱程度の荷物を棚に置いただけだ(中身は第ゼロ開発室で発注したメモリカード)。手紙のほうがサイズ的に大きいのだから一緒に置くことは不可能。手紙には折り目もついていなかったから小さく畳んで置いたなんてこともない、そもそも手紙はあの大きさのまま置かれていたのだから、カメラに映らないよう畳んで置いたとしても元に戻さなくてはならない。そんな素振りは一切なかったのだから配達員の線はないだろう。
ならば、あの手紙はいつ棚に置かれたのか?
この日バゲッジルームに出入りしていたのは郵便配達員、宅配便の配達員も含め全部で76人だが、クレアに確認したところ2人の配達員はいつも見る顔、他の74人もいつも見る社員達だそうだ。
「どう、何かわかった?」
クレアに訊かれ、室長は情報端末をわたしに手渡してきた。もう観る必要がないということだろう。
彼は指を2本立てた。
「この映像を観る限り、残された可能性は2つだけだ。1つ目は、あるモノを持ち込んだ犯人がキミであるという可能性」
室長の立てた指が1本に変わり、それがわたしの方に向けられた。
「ええっ!?」
「それが最もシンプルな回答でわかりやすい」
「わかりやすいってなに……」
「つまり手紙は最初からここに持ち込まれなかった、故にカメラに映るはずもなかったのさ。キミはあらかじめ用意していた手紙を僕に渡しただけ。さもバゲッジルームにあったかのような嘘とともにね」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください、わたしそんなこと」
「━━が1つ目」
狼狽えるわたしを尻目に室長は再び指を2本立てた。ほっとするわたし。
「2つ目の可能性、こちらが本命だ。あるモノを置いた犯人は何らかのギフトを使った」
━━あ
「そうか、その手がありましたね!」
本来なら不可能に思えるようなこともギフトなら可能かもしれない。
クレアを見ると、彼女は腕を組んだまま成り行きを見守っていた。
「というわけで、早速この部屋でギフトが使われたかどうか調べよう。━━イズィーくん、情報端末のカメラで確認してくれ」
「はい」
ギフトを使うと使用者から電磁波が放射され、その場にギフト粒子と呼ばれる特殊な粒子が生成される。それらの粒子は周辺に残留し一定期間ののち消滅するのだが、粒子の残留パターンは個人によりすべて異なり指紋の代わりとして証拠能力を有する。それを粒子紋(パターン)と呼ぶ。
粒子紋は時間とともに劣化、約36時間で空間内から消失する(24時間以内であればパターン一致率は99.9%、以降1時間ごとに約15%程度の劣化がみられるとされている)。
ただし別の誰かが同じ場所で能力を使うと後から使った能力者の粒子紋で上書きされてしまうという特性を持つ。
情報端末のカメラとセンサーは簡易的にその粒子紋を検出可能なので、何者かがここでギフトを使って手紙をこっそり置いたのであればセンサーに反応が出るはずだ。
わたしは情報端末の粒子紋測定アプリを開く。
カメラを室内に向け、測定開始━━。待つこと1分。
「どうだイズィーくん」
「ええ、はい……出ました」
「そうか、ではやはり誰かがギフトを……」
いえ、とわたしは情報端末の画面を2人に見せながら首を降った。
「出たのは粒子紋が検出されなかったという結果です」
「ほう」
「じゃあ誰もギフトを使ってないってことよね」
「そうなります……よね、この結果からだと」
「ということは、どういうことなのトリスタン?」
「どうもこうも、答えは至ってシンプルだ」
室長は真面目な顔をしたままわたしの肩にぽんと手を置いて言った。
「おめでとうイズィーくん、キミが犯人だ」
「はい!?」
不本意にもわたしが犯人扱いされてから数分後、再び事件は起きた。
開発部の研究室で人が殺されたのだ。
"トリフティー"ゲインの躍進 らんまる @ranmaru_poco
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