後編





「……ねえねえ」


 開いている窓の外から、なんだか女の子の声が聞こえた。


 俺が花びらから窓の外に視線を移すと、銀髪の女の子がひょこっと上半身だけを出し、こちらの様子を伺っていた。



 んーーー



 ……誰ぇ?



 俺は思わず、目を細めた。


「ねえ、大丈夫?どうしたの?」


 その子はそんな俺に対して、心配そうな表情を浮かべて訊ねてきた。なんだか綺麗な子だなぁ。よく見ると銀色……というよりは白に近い色の綺麗な長い髪が風になびいて、太陽の光が当たりキラキラ輝いて見えた。


「ねぇったら!」


「あ。あぁ、ごめん。大丈夫だよ。ちょっとボールを顔面キャッチして気を失ってただけだから。えっと、その……君は?」


 俺がそう訊ねると、彼女はニコッと笑った。


「お礼」


「え?」


「お礼……と、お見舞いをしにきたの。それ」


 そう言って、彼女は桜の花を指差した。


「あぁ、これ……えっと、ありがとう。綺麗だね」


 俺がそう言うと、彼女は少し照れた表情を浮かべながら笑った。……かわいい。というか、俺は君が誰なのか聞いたんだけども。まぁ、いいか別に。お礼……もちょっとなんのお礼か分からないけど、まぁ、いいか別に。かわいいし。


 それから俺達はなんとなく会話を交わした。


 今日は天気がいいとか、天気がいい割にちょっと肌寒くなってきたとか、昨日徹夜したゲームの話だとか……本当、他愛ない話ばかりしていた。俺はまだ眠気が取れず横になり、寝ぼけながら話をしていた。


「……それじゃあ、もう行くね。ゆっくり休んで」


「ん……あ、なまえ……」


 俺がそう言いかけると、風が一気にぶわっと舞い上がりカーテンが大きく揺れた。あまりにも強い風だった為、俺は思わず目を閉じてしまった。そして目を開けた時には、もう彼女の姿はなかった。


 眠気の限界がきた俺は重い瞼を、そのままゆっくりと閉じていった。






「…………い……おーーい、柊ーおーーい」



 智也の声がする。うるせぇなぁ。


「おーい。おいってば、おーきーろー」


 智也はそう言いながら、俺の身体をゆさゆさと揺らした。


「……っん、なんだよぉ」


 俺は目を擦りながら瞼を開いた。


「やっと起きたか、全く。お前、顔面は大丈夫なんか?」


「ん~あぁ、もうバッチリ」


「なら、良かったよ。つか、お前さ~寝ながら何遊んでたわけ?」


「んあ?何のことだよ」


「いや、お前の枕元にある桜のことだよ。あー、しかもなんか枯れてるやつもあるじゃん」


「え、嘘!?」


 俺は思わず勢いよく身体を起こした。すると、確かに花びらが茶色に変色して、しおしおになっていた。


「あ~……ほんとだぁ。あ、でも大丈夫なやつもある」


 俺はまだ綺麗な桜の花がついた枝を手に取った。あれ、これなんだか見覚えがあるような……


「お前、それどうしたの?」


「いや、なんか、さっき女の子がお見舞いにくれたんだよ。知らない子だけど」


「へぇ……ん?でも俺、体育終わってからすぐにここへ来たけど、女子となんてすれ違わなかったぞ」


 智也はそう言って、少しだけ首を傾げた。


「いや、窓の外からきたんだよ……」


 ……ん?あれ?


 俺は自分で言っていて違和感を感じた。


「……窓の外……?」


 智也は更に首を傾げた。


「「ここ2階だよな?」」


 俺たちはお互いに目を合わせながら、同時に口を揃えた。



 *****



 俺達は保健室を後にして、放課後、再び桜の木の元へ足を運んだ。


「夢見てたんじゃねーの?」


「んー……どうなんだろ」


 俺は適当に返事を返しながら、右手に持っていた桜の花がついている枝をギュッと握り締めた。


「……夢、だったのかな」


 そう呟き、右手に持っていた桜の枝を見つめた。


 あれ、そう言えば折られちゃって、昼間に立て掛けて置いた桜の枝が見当たらない。やっぱり、彼女がくれたこの桜の枝って……そう思った瞬間、ブワッと風が舞い上がった。


「………ありがとう」


 風が舞い上がったと同時に、頭上からあの彼女の声が聞こえた気がした。


 俺は驚いてすぐに上を見上げた。頭上では、白く、太陽の光でキラキラとしている桜が風になびいていた。その光景は、何故かあの彼女の髪色と重なって見えた。


「……こっちこそ、ありがとうな」


 俺は桜を見つめたまま、少しだけ微笑んでそう呟いた。


「ん?誰に言ってんの?」


 智也が隣で、不思議そうな表情を浮かべながら訊ねてきた。それに対し、俺は人差し指を口元に当てて「内緒」とだけ告げた。


「……あ~あ、俺卒業したらホワイトアッシュにでも染めようかなぁ」


「は。なんだよ、突然」


「ないしょだよ~!」


「……変な奴ー」


「うるせぇなぁ。さ、もう帰るべ帰るべ」


 そう言って俺は、桜の木彼女に背を向け歩き出した。


 この桜は家に帰ったら、花瓶に水を入れて指しておかないとかな。後でちゃんと調べて、ちゃんと大事にしよう。そう思いながら、俺は桜の木の枝をぎゅっと優しく握った。




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❲完結済!❳ 狂い咲きした桜のお礼 杏音-an- @aaaaa_

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