第54話 流体力学新説



この度、流体力学の分野におきまして不肖私め、新たな学説を打ち立てました。この新学説を学会に発表するより先に、いつもお世話になっておりますこちらの皆さまにだけ、こっそりお知らせしたくて筆を取った次第です。

なお、他の方に口外することだけはどうかお控えください。常日頃から私の研究を支えて下さっている支援者の皆さまだけに向けての特別公開です。

そのことをご理解頂いた上で、この先をお読み頂けたら幸いです。



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流体力学の分野において、この日の本の国の宗祖と言われ、崇め奉られているのが、皆様ご存知、鴨長明、そして彼の著作『方丈記』であることは疑問の念を挟む余地のないことと思われる。

今回、新たに打ち立てた学説は、この『方丈記』を読み込んでインスピレーションを得たものである。このため、学説名を『飽満期』とした。筆者の間違いや分かりにくい記述箇所があった場合、または別の解釈や問題提起など、お気づきの点があれば遠慮なくご指摘頂きたくお願い申し上げる。

表記としては、まずは原典である『方丈記』を原文のままで。次いで、今回の新説『飽満期』を。

比較して読みやすいよう、少しずつ分けて掲載させて頂いた。原典の現代語訳はWEBで検索すればすぐに出てくるので、ここでは敢えて掲載することはしない。なお、方丈記全文は青空文庫で読める。ご興味があればぜひご一読を。



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【方丈記】①

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。

【飽満期】①

ゆく脂肪の流れは絶えずして、しかももとの脂肪にあらず。骨格に溜まるうたかたは、かつ消えかつ増え、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人の体とその身につきたる脂肪と、またかくよむのごとし。




【方丈記】②

たましきの都のうちに、棟を並べ、甍を争へる、高き、卑しき、人のすまひは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。あるいは去年焼けて今年作れり。あるいは大家滅びて小家となる。住む人もこれに同じ。所も変はらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二、三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。朝に死に、夕べに生まるるならひ、ただ水のあわにぞ似たりける。

【飽満期】②

うつくしいからだのうちに、肉を集め、肉を押し込む、高い(Cカップ以上)、低き(C未満)、ひとのお胸は世代を超えてひとを魅了するものなれど、これがいつも正しいかと尋ねれば、昔と変わらぬサイズのひとはまれなり。あるひとは去年、豊胸手術を受けた結果、今年は高くなりけり。あるいはダイエットのし過ぎでサイズダウンすることもあり得る。からだ全体で見てもこれに同じ。体重は変わらず、肉多かれど、かつてお胸であったはずの肉は、年と共にいづこと知れず流れていき、お胸に残るはわずかなり。昨夜、あんなにも高く見えていたお胸が朝には(寄せて上げていたNuBraが外されたがために)限りなく透明に近い高さになっていたり、ふだんは草原程度だった高度が赤子に乳をやるために都内23区内最高峰の愛宕山・愛宕神社(注1)ほどの高度を得ることもある、ひとのお胸というものは、かように肉でありながら水の泡にも似た儚いものでありける。



【方丈記】③

知らず、生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る。また知らず、仮の宿り、たがためにか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。その、あるじとすみかと、無常を争ふさま、いはば朝顔の露に異ならず。あるいは露落ちて花残れり。残るといへども朝日に枯れぬ。あるいは花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども夕べを待つことなし。

【飽満期】③

私には分からない。寄せてあげたはずの肉は、どこから来て、どこへ消えていくのか。苦心して作ったうつくしいお胸は、一体誰のために作り、誰の目を喜ばせているのか、そのことも私には分からなくなる。それでも、わがままボディについた肉、それをかき集めて作るお胸、文字通り手練手管を弄して戦うさまは、いわば流体力学の真髄なり。お胸が崩れて流れ、腹の上の愛宕梨(注2)となって残れり。腹の上に残っていたかと思えばいつの間にか脇に流れぬ。あるいはお胸萎みて肉だけが二の腕に流れて振り袖となってなお消えず。消えずと言えども、朝顔の咲く夏の季節には一体どうしろと。ああ、(夕方の宵闇に紛れたところで所詮)見るに耐えない。



注1/東京都23区内にある自然にできた山では最高峰となるのが港区・愛宕山で、海抜26m。その山の頂上にあるのが愛宕神社。

注2/愛宕梨の特徴はその大きさで、平均で1kg程度、赤ちゃんの頭と同じくらい。注1の愛宕山のふもとで誕生した事が名前の由来と言われている。



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結局、何が言いたいのか、って?


検診まであと一ヶ月を切ったのに、体重が全然減らないんです。減らないどころか微妙に増えたりなんかしちゃったりしてる気がしないでもないかも知れない。ごにょごにょ。

それなのに、明日はバレンタイン。

ついうっかり買い溜めたお菓子の山が、それこそ愛宕梨くらいは確実に。

ああ、この雨が止んだら(いまだ雪に変わってはいない。どうかこのまま雨であって欲しい)、今度こそダイエットのため流体力学ばりに汗を流して走らなくては。

どなたか一緒に走りませんか?







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50過ぎ。だからヌルく急ぐ。 満つる @ara_ara50

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