第33話 深夜鈍行 再び/鳥にはあまりに早すぎる🐔
なかなかに落ち着かない世情ですが、皆様におかれましては新年度もそろそろ軌道に乗ってきた頃でしょうか。
カクヨムの衛星軌道から著しく外れている気がする、デンジャラスでファビュラスな『ボイジャー2号』こと、満っつる”コータロー”フェイエノールトの【深夜鈍行】。
今夜、胸の動悸が止まらないのは、犯人逮捕を期待する故なのか、はたまた解決できなかった時にかかる追加出費の不安のせいなのか……。
それはさておき、特別ゲストにミステリー好きの某令嬢がお越し下さったようで、光栄の極みであります。
❖❖❖❖
その日は朝から気持ちがどこか落ち着きませんでしたの。
もちろんこの3週間ほどいつにもまして心技体に気を配り、身ぎれいにして過ごしてきた自信はありますわ。いえ、わたくし自身が何かする訳ではもちろんなくって、まわりの者たちが先回りしていいようにトリ計らってくれるのですけれど🐔。それでも日々、音にまで気を遣って過ごしてきましたのよ? このわたくしが。ええ。
今日は朝からメイクにも服装選びにも並々ならぬ気合いを入れました。
そうです、わたくしは令嬢。捜査令状ならぬ、そうさ!令嬢♪ ですもの。
……あら失礼、わたくしとしたことがつい、一般人のような言葉を使ってしまいましたわ。おほほほほ。やはり不慣れな鈍行になど顔を出したものですから、勝手が違っておかしなことを口走ってしまったようです。ごめんあそばせ。
ええ、生まれついての令嬢ですので、鈍行になど乗ったことはございません。乗るなら運転手付きの車だけですわ。某南武線近くの閑静な住宅地に馴染みのある方なら、一度くらいは目にしたことがおありかと思います。全長7メートル超、わたくしが後部座席に座っている、あのリムジンを。そんなわたくしが乗る列車ならば、最低でもグリーン車でなくては。
それでも今回だけは特別なのです。わたくしの力なくして捜査の終結は見込めないとまで言われてしまっては、ね?
悪役令嬢であろうが、捜査令嬢であろうが、常に全力を尽くして敵を叩き潰す。情けは無用ですわ。
『獅子は兎を捕らえるにも全力を尽くす』という言葉がありますが、同様にたった一匹のネズミを始末するにも、全力で立ち向かうことこそが美しいのです。美学がない令嬢なんて令嬢ではありませんことよ?
という訳で、本日の敵はもちろんウサギ🐰ではなく、ネズミ🐭なのです。
よろしくって? 皆さん。
🐭 🐭 🐭 🐭
「こんにちはー。チューガイシステム株式会社です。寒いですねー」
第3回目の捜査。
小柄な体を縮めてやってきたS氏は、こころなしか顔色が悪く見えました。
「本当に寒いですわ。身も心も心許ないですわ。でも、今日で事件が解決に至るのならば、少しは心も懐も寒くなくなるはずですわ」
顔色をうかがうようにしてS氏がこちらを見ます。
「どうしたんです? 何か悪いものでも食べたんですか?」
「いえ。少しスイッチが入りましたの。”令嬢”スイッチが」
「ああ、ピタゴラスイッチですか」
何の感情の動きも見せずにS氏は静かに頷くと、では、と手慣れた様子で床下収納を取り外しました。
外した下には、粘着シート。
ふたりで覗くも、前回と同じで何も捕獲されてはいませんでした。
「いませんわね」
「そうですね。正しく想定内です」
S氏はニコリともせず、次に毒餌が入ったトレーを奥から取り出します。
「あら、こちらは、」
「よかった。こちら、想定通りです」
前回とは真逆で、手つかずの毒餌入りトレーが我々の目の前に。
ここでようやくS氏の顔がわずかながらほころびました。
「後は、点検口の毒餌もこれと同じなら」
そう言いながらS氏は足早に移動して、点検口の下へ。
脚立を登り、取り出したるふたつめの毒餌入りトレー。
S氏が降りてきて、トレーの中身が見えるのを待つと。
「エクセレント!」
「よかった。これで最短解決が見えました」
S氏の顔がホッとしたように緩みます。
トレーの中身は先程のものと全く同じ。1ヶ月前にセットしたままの状態をキープしていたのでした。
「それではお聞きしますが。
この間、何か物音は聞こえましたか?」
「いいえ。前回お話した通り、あれからは何も聞いていませんわ。ぴたりと止まったままですわ」
「ということは」
そこで一息入れたS氏。じっとこちらを見つめてから、コホン、と咳払いをひとつして、重々しく宣言しました。
「おめでとうございます。
手つかずの毒餌。
音が聞こえなくなった建物内。
この2点から推測するに、本事件はこれをもちまして正当防衛に拠る犯人の逮捕及び死刑判決、更には死刑執行までの全てを執り行ったものとみなします。
以上、確定判決を出しましたので、続きましてこのあと、侵入経路を塞ぐ処理に取りかかります。
そちらが済み次第、本事件の終了と相成ります」
「ありがとう。スピード解決に至って、本当に喜ばしいことですわ」
鷹揚な笑みを浮かべてS氏に応えました。
やはりこの結果は、わたくしが今日、特別にこのような場所にまで出向いて、全力を尽くしたからこそ得られたのでしょう。
いえ、感謝には及びませんことよ? いついかなる時でも、乞われたら全力を尽くす。ノーブレス・オブリージュ。これはわたくしのような立場にあるものの当然の務めなのですから。
私の心の中の言葉を知ってか知らずか、S氏は軽く目を瞑ってから、黙って外に出て行きました。
🐭 🐭 🐭 🐭
しばらくしてから戻ってきたS氏。
「プレート設置終了。侵入経路は完璧に断ち切りました。
念の為、建物のまわりを一周しましたが、死体の確認はできませんでした。
以上をもちまして、本案件の処理は全て終了とさせて頂きます」
簡潔な報告に、完結する笑顔。
その笑顔にどこか疲れが透けて見えましたので、わたくしいささか心配になりましたの。そこでS氏の言葉に無言で拍手を贈ると、そのままサブ調整室に下がりました。サブ調整室でピンマイクを外し、外したピンマイクを1スタ待機中のミツ木の手にそっと握らせます。
「わたくしのために彼は激務が続いていたのでしょう。仕方のないこととは言え、そのせいで父ゾンビのように顔色がすぐれないのだろうと思うと、不憫になりますわ。しかも、わたくしがこの番組に出ている限り、彼はきっと無理をし続けるでしょうから、それを止めるために、わたくしの代わりをしてやってほしいのです」
そう言い置いて、わたくしはサブ調整室から奥の控室へと静かに姿を消しました。
わたくしの背後で、ミツ木の
「さすが、令嬢。なんと美しく毅然とした後ろ姿なのでしょう」と。
言われるまでもないことです。
わたくしは捜査令嬢、事件が解決した今、いつまでも同じところにはいられません。わたくしを必要として呼んでいる方たちの元へ、すぐにでも飛び立たなければならないのですから🐔
🎤 🎤 🎤 🎤
「では、ここからは私、ミツ木がバトンタッチしてお相手を務めさせて頂きます。
事件終了、お疲れ様でした。おかげさまで無事に解決できて、安堵しています」
「いえ。そう言ってもらえてこちらも嬉しいです。
なんと言っても最短解決が一番ですし」
言葉とは裏腹に、S氏の笑顔はやはりどことなく力なく見えます。
「気のせいでしょうか。お疲れのように見受けられるのですが」
「ああ。分かっちゃいました?」
S氏は肩をわずかにすくめると、
「事件も無事解決したことですし、今日は少しばかり私の話も聞いてもらえますかね?」
そう言って、目の前のト・チュー茶にゆっくりと手を伸ばしました。
🍵 🍵 🍵 🍵
「実はですね、前回捜査の後から、仕事が猛烈に忙しくなってしまいまして。休みも取れない状態でして。しかもかなりなストレスがかかりまして。で、片耳だけ突発性難聴になってしまったんですよ」
「あ、もしかして、それで先程の令嬢との会話が妙だった……?」
「え? 何か今、おっしゃいました?」
「いえ、別にひとり言みたいなもんです。お気になさらず、先をどうぞ」
どうやらS氏、本当に耳の調子が今ひとつなようです。
「はい。では、続けますね。
前回、2回目の捜査直後、サウザンリーフ県で鳥インフルエンザが発生したんです。これがいきなり急拡大しまして。あまりの被害の大きさに県内だけでは人手が足りず、近隣の自治体に防疫員の派遣要請が出たんですよ」
「テレビニュースで見た覚えがあるんですが、たしか自衛隊が派遣されてませんでしたっけ?」
「はい。自衛隊はもちろん来ていました。災害派遣要請が出ましたので。
それとは別に、我々にも来たんです。要請が。
各都道府県は広域連合を組んでいます。被害が発生して当該県だけでは人員の確保が困難になった場合、広域連合に派遣要請します。相互扶助ですね。
今回、サウザンリーフ県から我々の県に要請がきました。で、県から公益社団法人を通して、各会社に割り振られます。
もちろん我々には会社員としての通常業務がありますので、平日はそちらの仕事をします。それとは別に、週末にサウザンリーフ県まで出向き、要請された防疫員としての仕事を担うのです。ということは、ですね、休みがないまま働き続ける、とこういう訳です」
「このコロナ不景気の折に仕事がそんなにあるなんて、そこだけバブル期のようです。恵まれていますね」
「そうですね。コロナのせいで職を失った方々もいることを思えば、もちろんその通りだと思います。ただ、仕事が多いのにも限度がありまして。イマドキ24時間なんて働けませんからね。リ◯イン、飲んでも。
なにせ災害ですから気が抜けない仕事な訳です。神経が休まりません。コロナもあるのでさらに気を遣います。しかも移動距離が長い。それを自力で運転して往復しなければならない。土曜に行って仕事して泊まって、日曜も働いてそのあと運転して帰ってくる。それで翌月曜からまた通常営業です。週末のどちらも休めないので、疲れを取るヒマもありません。平日も土日もない、そんな生活が続くんです。
当然ですが、サウザンリーフ県の皆さん方は本当に大変です。でも、我々もキツイんです」
「言われてみれば、たしかにキツそうです。
それで、今回の”防疫員”の仕事とは、具体的にどのようなものなのですか?」
「自衛隊の方たちが、鳥インフルエンザが発生した鶏舎の消毒と鶏の処分を行います。我々は、処分場と鶏舎に出入りする車の消毒を担いました。消毒が徹底していないと、鳥インフルエンザを拡大させてしまいますから」
「なるほど」
「話が横道にそれますが、鶏舎にネズミが出入りしていると、ネズミが媒介して鳥インフルエンザの拡大につながることがあります。なので、ネズミはここでも駆除の対象になっているんです」
「ネズミ、思っていたよりワルですね」
「はい。その通りです。ネコを騙して干支のトップに立ったのはダテじゃあないんです。って、ネズミに感心してる場合じゃないですね。失礼。
鳥インフルエンザのために、休みなく働き続けていたある日、突然、気がついたんです。右耳が何も聞こえていないことに」
「それは……。何をしていて気付かれたんですか?」
「昼食のために電子レンジを使っていた時です。テレビもついてたんですけど、何か違和感を感じて、あれ、と思って顔を動かしてみたら、片側は聞こえているのに、反対側は聞こえない。ゾッとしました。
慌てて近くの病院に駆け込んだところ、すぐに大きな病院に行くように紹介状を書いて渡されまして。で、そのまま行って、すぐに検査です。
検査の結果、『突発性難聴』と診断されました。疲労とストレスからだろうと入院するよう言われたんですが、とにかく絶対に安静にしているからと、家で過ごすのを認めてもらうよう頼み込みました。入院したくなかったんです。
1週間だけ在宅で様子を見る、それで良くならないようなら即入院する。この条件でなんとか許可が下りました。
いや、怖かったですよ。だって、片耳聞こえないんじゃ車の運転できないじゃないですか。運転できないとこの仕事、務まりませんからね。荷物、多いですし、捕獲した生き物を載せることだってありますし、そもそも今回の難聴の引き金であるサウザンリーフ県にだって行けません。あ、それはいいかげん、休みたいんですけど。
そんな訳で、必死に安静にしてました。ええ、そりゃもう必死です。
で、本当に幸運なことに、なんとか聞こえるようになったんです。ほぼ1週間で。
聞こえてきた、って気付いた時、いやあ、心底ホッとしましたね」
「治ってよかったです。本当によかったですねえ」
「ありがとうございます。
ドクターには言われてたんですよ。
『こういうのはすぐには治りきらないことの方が多い。完治もしにくい』って。
そうだろうなあって思いました。切った張ったで治せる病気じゃないし、原因になっているストレスを取り除けばいいって言われてもそう簡単な話じゃないですしね。なので余計に1週間、怖かったです。
なんとか無事に聞こえるようになったのは、だからとってもありがたかったなあ。
仕事はもちろん山のようにあります。鳥インフルエンザも続いています。でも、会社も私の状況は分かってくれてるんで、無理はしないように気をつけながらやっていこうと思っています」
「そうです。その通りです。治りかけとか、治った直後は特に大事です。そこで無理して再発したら洒落になりませんからね。
ああ、それで、おんぼろミステリー城のネズミも遠慮して、自主的に毒を喰らったんですかね?」
「はは。それはどうだか分かりませんが。
でも、こちらのご近所で少し前にご依頼受けたお宅は、まだ解決に至ってませんね。そちらは2回目でまだ音がしているって話でした」
「だとするなら、3回で済んだのはやはり運がよかったと言えるのかもしれませんね」
「まあ、考え方ひとつで見方も変わるかもしれませんが。そういうことにしておいた方が幸せですね」
❖❖❖❖
そんな訳で、おんぼろミステリー城のChoo Choo TRAIN事件当時(令和3年1月)、サウザンリーフ県では鳥インフルエンザが猛威を振るっていました。
S氏のその後が気になりつつ、そう言えば近頃は鳥インフルエンザの話を聞かないなあと思っていた矢先。今週の火曜日(令和3年4月20日)、いきなり飛び込んできたニュース。
「サウザンリーフ県は、去年12月以降に県内11か所で続いた鳥インフルエンザウイルスの流行が終息したと発表し、ニワトリや卵の移動制限はすべて解除されました。
殺処分されたニワトリなどは457万羽にのぼりました。
採卵用のニワトリについては県内で飼育されていたうち、およそ36%が殺処分されたことになります。
全国ではこの冬、18の県にあるあわせて52の農場で鳥インフルエンザが発生する異例の感染拡大となり、殺処分数は過去最多のおよそ987万羽にのぼりましたが、このうちおよそ半数がサウザンリーフ県での殺処分でした」
なんといいますか、本当に凄い数です。
人間界ではコロナのおかげ?か、今冬はインフルエンザの話は全く聞きませんでした。それがトリ界ではこんなことになっていただなんて。本当にビックリしました。一時はこのせいで卵の値段も高騰していたとか。全然気がつきませんでしたけれど。
ともかく、こちらも無事に解決となったようで、他人事ながらホッとしました。
ところでカクヨムマスコットキャラであるトリ🐔、あやつの名前を知らないことに今更ながら気づきまして。カクヨム界広しと言えどトリのことならこの方、と言われる方のところに先日お話を伺いに行ってきました。
トリの名前はご存知ないとのことでしたが、代わりにトリ誕生にまつわる興味深いカクヨム裏話が伺えたので、気になる方はぜひご一読を。
それにしても酉年は9年後ですからね。タイトルこのままだとこのエッセイ、その頃には年齢詐称になっちゃうんですよ。いや、そもそもこのエッセイがそんなに続いているのか? 深く考えると……あな恐ろし。これもやっぱりひとつのホラーなんでしょうかね?
死んじゃったのよ、死んじゃったのよ、という獣の声に、僕たちはミステリーどころではなくなってしまいました。
~コータロー「深夜鈍行」 第2便 サイヤクの風 第8章 獣が私を眠らせない
🐔鳥の話はこちらから🐔
https://kakuyomu.jp/works/1177354054888750469/episodes/1177354054888750554
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