第32話 深夜鈍行 再び/干支と共に去りぬ🐭



暖かい春の夜に外を歩いているとつい千鳥足になってしまうのは、すっかり散ってしまった今年の桜の幻と美味しいお酒の為せる技でしょうか。はたまた体内に蓄積されつつある甘美な毒のせいでしょうか。


今夜の満っつる”コータロー”フェイエノールトのChoo Choo TRAIN【深夜鈍行】は、いつの間にか4月にしてハナミズキやツツジまで咲いているというのに、未だになぜか寒い寒い季節のサムいお話です。

いくら鈍行だからって遅すぎやしないか、って突っ込みは無用です。たまには季節外れも悪くはないだろ、と言い張ります。寒がりな方は、まだ片付けの済んでいない暖房や冬物の服などでどうぞ暖かくしてお楽しみください。

え? そんなものはとっくに片付けた、ですって? 素晴らしい。Bravo!

残念ながらこちらは今頃、新年のお話を、はい、どうぞ。




❖❖❖❖




初捜査から約1ヶ月後。

新年を迎えるために少しは掃除をしたようで少々こざっぱりした様子の、それでも穴が空きまくった固形チーズのようなおんぼろミステリー城に、2回目の捜査のために訪れたのは、小柄なS氏ひとりでした。


「こんにちは。チューガイシステム株式会社です。

その後、犯人の様子はいかがでしたか?」


「はい。それがですね、実はここ数日、物音を聞いていないんですよ」


「ほう。それは、それは。新年早々、縁起が良さそうな話ですねえ」


「そうなんです。ちょいと期待しちゃったりなんかしてるんですけど」


「では早速、見てみましょうか」


挨拶もそこそこにS氏はテキパキと床下収納を外します。前回、基礎のコンクリートの上に仕掛けていった、粘着シートと毒餌の確認です。


まず、最初に目に飛び込んでくるのは、粘着シート。

怖いもの見たさにドキドキしましたが、獲物はゼロ。虫の一匹もくっついてはいませんでした。


「うーん、残念ですが、まあこれは仕方ないですかねー」


言いながらS氏は手を伸ばし、粘着シートを並べた奥から毒餌の入ったトレーを取り出します。

一目見るなり、我々の口から歓声が上がりました。



「おおっ!?」

「来たー!!」



4つに仕切られた毒餌入りプラスチック製容器の中身が、1種類だけを残して見事に空っぽだったのです。



「食べてますねー。見事な食べっぷりです」


S氏は力強く頷きます。



「これくらい食べていたら、死んでる可能性は?」

「もちろんありますが、これだけで判断するのはまだ早い。他も見てみなくては」


そう言うと、S氏は即座に他の場所のチェックのために移動します。






お次は、点検口1。

脚立に乗って、天井上から毒餌入りトレーを取り出します。

(ちなみに毒餌はどの場所にも同じものを設置しています。そうでないと、単独犯かそうでないかの判断がつかない為)



「ワォ!!」

「ヨシッ!!」



先程の床下のそれと寸分違わぬ3種類完食。唯一残しているのも市販薬の固形タイプと、全く同じです。


「これはまず同一犯の仕業だと思われます」

「一匹でこんなに食べているのなら、ますます死んでいる可能性が上がってきますよね?」

「そうですね、そうだといいですね」






続いて、階段下収納。

奥で風呂場に壁1枚で接していることから、居住空間に侵入しているか確認の意味で毒餌を設置。

こちらは全くの手つかず状態でした。


「この結果から推測するに、やはり室内には侵入してきていないと思われます」

「あー、良かったです。ホッとしましたー」




残り2箇所の点検口は、前回、犯人の遺留物捜索のために覗いただけで終わっています。スペース的に粘着シートも毒餌も設置しにくかった為です。今回は目視も行いませんでした。





🐭 🐭 🐭 🐭





「毒餌の食べ具合と、音の報告から総合的に判断するに、犯人は単独犯で、なおかつ最近、毒餌により死亡している可能性が高いと思われます」


S氏の推理につい頬が緩みます。考えうるほぼベストに近い結果と言えるでしょう。


「が、しかし。この推理をこのまま判決として確定する訳には参りません」


「は? なぜですか?」


「犯人が何らかの事情で一時的に根城から離れているだけ、という可能性もゼロではないからです」


「では、確定判決はいつ、どうやって行うのですか?」


「もう一度、毒餌を設置します。そうして同じくらいの期間置いたところで、食べ具合を確認。その時、


①毒餌に手がつけられず、なおかつ

②物音がしないままである、


この2点をクリアしましたら、正当防衛による犯人の殺処分が完遂されたものとみなして確定判決といたします」


「ということは、このまま出ないことを祈ってあと1回待つ、こういう訳ですか?」


「はい。その通りです。前回、お話しましたよね? 最低でも3回はかかる、と」


「そう言えば、そんな話、してましたっけね。

となると、次回2月、それが最短ですか?」


「そうです、2月頭です」


「分かりました。

モウ牛🐮(丑)にでも虎🐯(寅)にでもこの際、何にでも、ガチで『ネズミ出すなよ!』って祈ってます」


「ですね、うしとらは鬼門ですから、そちらの二匹に脅してもらって、裏鬼門であるひつじさるからネズミに去ってもらう。で、これにて一件落着、といきたいところです」


そう言って笑ったS氏は、新しい毒餌をセットしました。

今回は、完食していた3種類のうちの2種類を2箇所ずつ入れたものに変更。

それを床下と点検口1の2箇所に設置すると、


「外部侵入経路であるクラックを塞ぐのは、お話した通り、最終判断を下した後になります。次回がそうなるよう、すぐにクラックを塞げるようにしておきましょう」


と金属製のプレートを外に準備してくれました。


「ありがとうございます」


本当は今すぐにでも塞いでほしい所ですが、そこは言わずにグッと我慢、我慢です。





🐭 🐭 🐭 🐭





さて。

ここでこの1ヶ月間、おんぼろミステリー館では、ネズミとどのように共存していたのか。具体的なヒアリング調査も記しておきましょう。





「そうですね、まず、当然というか、お約束通りというか、走り回るのが聞こえてくるのは夜なんですよ」


──昼は出ないんですか?


「いや、それは正直、分かんないです。皆、出たり入ったりしていますし、いる時もなんだかんだでバタバタしてますからね」


──ああ、なるほど。


「これが夜になりますと回りも静かですし、自分も昼間ほど慌ただしく動かないんで、余計に物音がよく聞こえる、ってこともあるとは思うんです。

それでもやっぱりこちらがカクヨムし始める時間あたりから音が聞こえてくるのはホントに不思議だったんですけどね。


”子”というだけあって、まさに夜の11時から1時くらいにかけて、北側を動くんです。もう少し早く、そうですね、10時前後から聞こえることもありましたし、夕方音がした時はびっくりしましたが、やはりほとんどが子の刻あたりでしたね。

しかも、ちょうどネズミが出始めた時期と相前後して長編公開スタートしたんで、あの当時は毎晩、それこそChoo Choo TRAINに振り回されてヒヤヒヤ気分でした」


──実はネズミ、応援してくれてたんじゃないですか?


「いや、それはないです。さすがに。

だって音がするとやっぱり気になって集中できなくなりますもん。しかも、始終動き回ってるんですよ? はっきり言って、妨害でしかないですよ」 


──どんな風に動き回るんですか?


「そうですね、音を聞いていて思い出したのは、昔、何かで読んだ記憶のある寄生虫の話でした。


うろ覚えなんですけど、肌の下に寄生虫がいるんです。そこのところが小さく盛り上がっていて、虫が動くと、皮膚の盛り上がりが動くので、目で見て分かる、っていう。イメージはそんな感じが近いかな、って思いました。


壁1枚隔てた向こう側で、ネズミが動く。中で何してるかは想像もつかないんですけど、とにかく動く。移動してるのが、音で手に取るように分かる。その感じが似てる気がしたんです。


壁には断熱材が入っている訳ですよね。ホームセンターなんかでも見かける青いフカフカしたやつ。あんなのが外壁全部に入っているはずなんですが、あれとあれの隙間を走っているのか、はたまたあれと下地材の間を走っているのか、そこら辺は分かりません。音だけでなく、目でも見えたら面白そうですけど。

ありましたよね、ほら、小学生の教材だか何だかで、アリの巣作りが見えるプラスチック製ケース。あんな感じで壁が透けて見えたら、って思ったんですが。あ、でも見えたらとっとと捕まえてますね。はは。


それにしても、もしも断熱材も囓ってるんだとしたら、住宅性能は明らかに落ちるんで、やっぱり迷惑な話です。棲みつかれたらもっと迷惑ですし。

ただ、『音で分かる』とは言っても、鳴きはしないんですけど」


──鳴かないんですか?


「はい。一度も聞きませんでしたね。鳴き声は。それとも一匹だけだったから鳴かなかったのかなあ。つがいとか、子供がいたりすると鳴くんでしょうかね?」


──さあ、どうなんでしょう。そう言えば、ハムスターなんかもほとんど鳴かないみたいですよね。そういうところが、現代人のペットとして人気になる理由のひとつと聞いた覚えがありますが。


「あ、それ、結構、ムカつきます。ハムスターもネズミの仲間じゃないですか。そんなやつらが人気だなんて……!」


──それで言うと、家に侵入してくる3大ネズミのひとつであるハツカネズミは、今でもペットショップで売ってたりしますからねぇ。


「飼うのは個人の自由ですからいいですけど、万一、逃したら悲劇ですよ。それに、ペットが逃げ出したりして害獣になるって、前回の【深夜鈍行】のアライグマと同じパターンじゃないですか。結局は人間が自分で自分の首を絞めてるって話になるんですかね?」


──まあ、人間とネズミの戦いには長い歴史がありますから、少なくとも日本ではそうですから、そこら辺は新参者のアライグマには太刀打ちできませんよ。まあ、別にする気もないでしょうけれど。


「人気と言えば、『○ム太郎』ってアニメ、あったじゃないですか。ハムスターの。あの主題歌の中で、『大好きなのはひま△りの種』ってありますけど、アレ本当だったんだなー、って毒餌の食べ具合見て思いましたね。いや、ハムスターじゃなくてネズミなんですけど」


──そう言えば、完食してた毒餌の乾麺とかパン粉とかって、クマネズミは糖質好きなんですかね? あ、ひまわりの種は糖質じゃないですね。


「実は今日、3月末に行った検診の結果が届いたんです。一応セーフでしたけど、私、父方の祖母が糖尿病で、母も軽く出てるんですよ。家系的にこれはもう、年とったら絶対に糖尿病は出てくるって覚悟してるんで、糖質食べてくネズミは余計、憎いですね。


でも、そう言えば、Sさんに聞かれたんですよね、『石鹸は使ってますか?』って。どうやらネズミは石鹸も囓るみたいな口ぶりでした。

それで思い出したのが、以前、見たニュースです。カラスが小学校だかどこだかの外の手洗い場にかけてある固形石鹸を取っていく話。ネズミも糖質だけでなく、油分も必要なんですかね? うちは風呂場にひとつあるだけですが、そちらの被害もありませんでした。ですからこの1ヶ月、ネズミとの接点は夜間の音だけでしたね」


──それは不幸中の幸いだったと思いますよ。本当に、運がいい。


「運がよければ、そもそもネズミに入られてませんって」


──でも、干支でしたから顔を出しただけかもしれませんよ?


「だったら秋のアライグマの分も合わせて、別れのあいさつ、ってやつですか? でも、そもそもアライグマは干支にはいませんけど」


──まあ、アライグマには家宅侵入されていないことですし、そちらも含めてこれでお別れってことで、このまま無事に終わることを祈っています。

本日はヒアリング調査にご協力ありがとうございました。







❖❖❖❖






2回目捜査の1月。

新暦(太陽暦)では2021年を迎えたばかりですが、旧暦(太陰暦)ですと残すところ子年ひと月弱🐭。2月立春に新年・丑年を迎えます。そして3回目がなんと、立春当日。その日から丑年。

🐭から🐮にバトンタッチされるその日、3回目で果たして無事ネズミを追い出して、牛を迎え入れ、事件解決となるのかどうか。







とにかく丑年まで行こう。あとのことはそれから考えればいい。

~コータロー「深夜鈍行」第3便 書こうよ、書こうよ  第13章 子車ししゃとして











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