第31話 深夜鈍行 再び/スロウな牛歩は勘弁してくれ🐮



こんばんは☆

今夜もあなたと共にいつまでも夢を見ていたいドリーム号(←ってバスだろコレをぃ)、満っつる”コータロー”フェイエノールトの【深夜鈍行】。

今回は生放送ではありません。前回の放送の後、そのままインタビューを続行、そちらを録音編集してのお届けです。

何度もインタビューするのは手間ですし、この方法ですと放送事故が防げますしね。

そんな訳で、今回はトラブルはございません。

どうぞ安心して今夜の【深夜鈍行】をお楽しみください。




❖❖❖❖




まずは駆除業者さんとの予約電話の再現音声から。




「あのー。ネズミの駆除をお願いしたいのですが」

「はいはい。ネズミですね。で、どこにどんな状況で侵入しましたか?」

「キッチンシンクの一番下のスライド引き出しに入っていたもち米を囓られました」

「他に被害は?」

「ありません。同じ引き出し内は、他は全て密閉容器に入っていたので無事です」

「それは運がいい。というか、シンク内の他の場所では被害はなかったんですか?」

「はい。シンクはオールステンレス製でして、内部が3つに完全に区切られてまして、ちょうど真ん中の部分だけ被害に遭いました。両サイドには被害はありません。被害にあった真ん中も、下だけにしか侵入できていない模様です」

「ということは、侵入経路がその部分にあるということになりますか?」

「はい。その通りです。真ん中にビルトイン食洗機が入っている部分でして、床下から給排水設備が立ち上がっているんです。多分、そこからなんじゃないかと」

「なるほど。名推理ですな」

「いえ、シロウト推理です。お恥ずかしい。

で、こちらに来て頂くまでの間に自分で何かできることはありますか?」

「そうですね、その侵入経路を塞ぐことくらいですかね」

「分かりました。では、何らかの措置を施してお待ちしています」

「はい。では来週に」






翌週、お待ちかね、名探偵ならぬ、駆除業者さんの登場です。


「お待たせしましたー。チューガイシステム株式会社ですー」

中年男性、長身の方(以後、T氏)と小柄な方(以後、S氏)の2人組が車で到着しました。


「はーい。首を長ーーーくしてお待ちしてましたー」

「あ、もしかしてこちら、お化け屋敷でしたか?」

T氏はニカッと笑って言うと、早速ですが、と断ってから、

「家の周りを点検させてください」

「もちろんです。よろしくお願いします。ただしこの家はお化け屋敷ではなく、近頃はモフモフの森と言いますか、穴だらけのミステリー館と言いますか」

その言葉を受けてS氏が、

「それではぼくはそのあたりのことを詳しく伺いながら、現場を見させてもらいます。そして密室ならぬアナグマならぬチューチュートリックを暴く、という方向で」

するする話すと、そのままの勢いで問いかけてきました。

「非常線の中に入ってよろしいですか?」

「はい。どうぞお上がり下さい」




現場検証を始めるやいなや、S氏が尋ねます。

「あー。給排水設備の立ち上がり部分に目の細かいワイヤーが巻きつけてありますけれど、これはどなたが?」

「オットですが、」

「これ、いいですね。コーキングなんかをピシッと打つんでもいいですが、これでも中に入れません。この引き出し内は現在、完全なる密室です。

”犯人は犯行現場に戻る”と言われていますが、侵入経路は確かにここしか見当たらないので、戻りたくても戻れないはずです。実際、その後はどうですか?」

「はい。その後の被害は確認できていません。


で、これが、遺留物です」

そう言って、取っておいた糞をガラス瓶ごと渡すと、ひと目見ただけで、

「ああ。クマネズミですね」

あっさりと犯人が特定されました。

「クマネズミは警戒心が強く、縦方向の移動が得意なんです。侵入経路を断った後、他の場所で何か物音などはしていますか?」

「はい。室内では音も気配も感じてないんですが、代わりに壁の中でしています」

「どの辺りでしょう?」

「風呂場回りと2階のトイレ周辺、北側と西側ですかね。南側と東側からはとりあえずはまだ何も」

「見る限り、南側と東側は窓が多い分、侵入できる壁が少ないからだと思います。一度、躯体内に入り込むと、どこにでも行けるはずですから」

屋根裏から何から縦横無尽ですよ、クマネズミは。

そう言いながらS氏はシンクを確認して、キッチン内をひと通り見回すと、

「この様子だと、仰る通り、家の中には現れていないようです」

ただし、とひと息入れてから、

「ネズミは1cmもあれば侵入可能です。実際、先程の給排水設備の所も、ぱっと見、分かるような隙間はなかったでしょう? なので、とりあえずどんな所でも扉は開け放たず、必ずすぐに閉めるようにしてください。そうすれば室内に侵入されるという最悪のケースは防げますから」

例えば押入れだとかクローゼットだとか階段下収納だとかシンクの引き出しだとか、とにかく全部ですよ?

そう言って、さらに念を押しました。

「もちろん、部屋のドアも、です。とにかく密室を作ること。これがミステリーの正しい解決方法です。なぜならば、密室トリックによる犯罪は、現実にはそうそう起きるもんじゃないからです」


そうこうするうちに、外回りの侵入経路を探していたT氏が非常線の内側に入ってきました。

「残念ながら、見つけられませんでした」

不本意そうにS氏に報告します。

「よく見たか?」

「はい。それは、モウ🐮」

「丑年は来年だ」

S氏はニコリともしません。思わず、

「クマネズミは縦方向に強いというお話でしたから、2階のベランダからとか、樹木を伝って、などの可能性は?」

と口を挟むと、

「その可能性はないです。そうだとしたら、シンクのあの部分だけしか被害がないというのはおかしい」

あっさり切り捨てられました。やはり名探偵にはなれそうにありません。残念。

「仕方ない。ぼくが見て来よう」

S氏はそう言うと、足早に外へと向かいました。


程なくして、戻ってきたS氏。

「発見しました。ここでまず間違いない」

話しながらキッチン横の窓の外を指差しました。

「この、窓の脇、物置の後ろ側の壁、地面から数cmほど上に、これくらいのクラックがありました」

そう言って、指先を突き出します。

指の厚みは1cmあるかないか。

「そんなものができていましたか」

思わずため息が漏れました。何せ築40年弱。多少のガタは来ていても仕方ないのですが、こういうのは一番、困ります。

「全部クマなく見たのですが、気付きませんでした🐻」

横でT氏が、さすがSさん、と感嘆の声を小さく上げています。

「ここだとシンクの真横でほぼ最短距離です。穴を見つければ真っ先に入り込むでしょう」

言いながらS氏は確認するようにうんうん頷いています。

「さて、では屋外からの侵入経路と、建物内への侵入経路、両方が分かった所で、犯人逮捕の段取りを説明しますね」



「ネズミを捕らえるには2通りの方法があります。ひとつ目は、通り道に粘着シートを仕掛けて、物理的に捕まえる方法。いわゆる現行犯逮捕です。

粘着シートのいい所は、捕まった場合、その事実を目で見て確認できる所です。捕獲したネズミをご自身の目で見られれば、これは今後の生活の何よりの安心材料になると思うのですが」

「そうですね、精神衛生上かなり大きいと思います」

「ただし、粘着シートには、頭のいいネズミはかかりにくいです。それこそ通り道にびっしり並べて敷いていても、シートの端っこの僅かな部分、粘着がない所を選んで通って捕まらない事例もあるくらいなので、ネズミの中でも特に賢いクマネズミがすんなり捕まるかは、さて、ちょっと」

長期間、置いたままにしておいて、見慣れて油断した頃に捕まる、というならともかく、と断りながら、S氏は続けます。


「ふたつ目は、毒餌です。毒とは言え、一発で殺せるような強力な毒は使えません。危険ですからね。食べ続けるうちに致死量になる毒餌を使います。毒餌は12種類ほどを用意しています。状況を見て、4種類を選び、何箇所かに仕掛けておきます」

「どれくらい食べ続けると、効果が出て死ぬんですか?」

「ネズミの種類にも拠りますし、個体差でも食べる量でも変わるので一概には言えませんが、仕掛けてから次回来訪までの間隔は、3週間から1ヶ月ほどに設定しています」

「毒餌は、どんな物を使っているんですか?」

「ブレンドしていますし企業秘密でもあるんで、ちょっとだけ、ここだけの話ですよ? 今回セットしたのは、ひまわりの種、パン粉、乾麺、市販されている薬と同じ固形物、の4種類です。他には油揚げや、天かすなんかも使ってます」


「それで、毒餌の利点と欠点は?」

「利点は、粘着シートよりも、ネズミの警戒心を煽らない所ですかね。もちろん、初めは警戒してなかなか食べません。でも、そこは生き物。腹が減った時に目の前に食べ物があれば、ね? そして一度食べれば、後はお察しの通り。

欠点は、食べて毒が回って死んだとしても、死体が見つかるかどうか分からないことです。外で絶命しているのを発見できることもありますが、家の中、例えば壁の中で死なれでもした日には、これはもう絶対に分からない。永遠のミステリー、完全犯罪、です。なので、多くの場合、物音の有無、毒餌が減らなくなったなどの状況証拠を積み上げていって、その死を推測するより他ありません」

「なるほどー。そう言われると、なかなかにホラーですね。家の壁の中に人知れず白骨死体が隠されている……。これが夏だと、腐って虫が湧いたりして更に気色悪いですが、冬場だとそれはなさそうで、少しだけホッとします。


ところで毒餌の好みは、ネズミの種類によるんですか?」

「いいえ。これはもう、完全に個体固有のものです。同じクマネズミでも、何でも食べる無節操などこかの作者みたいなやつがいるかと思えば、お気に入りの種類以外は全く手を付けないやつもいる。なので、グルメに当たった場合、そうですね、『東京喰種』の月山さんみたいなやつだと、2回目以降の餌の選択に技が必要な場合もあります」

「では、いちばん捕まりやすいネズミは、警戒心が薄く、あちこち歩き回っていて、意地汚いやつ、って感じでしょうか?」

「そこら辺はまあ、ネズミと直接話したことがないので、何とも。って言うか、誰かにそっくりだからそいつに聞けとか何とかどこからか天の声……んん、いやまあ、お察しください色々と。それこそオトナの対応をお願いします」




その後、犯行現場だけでなく、床下収納から床下を、点検口3箇所から1階天井裏を確認した所、やはりいくつかの糞を発見。調査結果を元に、粘着シートと毒餌を複数箇所に設置して、本日第1回目の捜査は終了(2階には点検口はなく、屋根裏はあらわしではなく居室仕上げとしているため、どちらも調査ないし設置はできない)。




「で、次回はいつになりますか?」

「3週間から1ヶ月空けて様子を見ます。なので、年明け1月ですね」

「分かりました。それまでの間、何かすることはありますか?」

「そうですね、音がした場所と日時を簡単でいいのでメモしてもらえると参考になります。これは気が付いた時だけで構いません。くれぐれも神経質にならないでくださいね。気になって眠れなくなったって方も中にはいらっしゃるんで」

「そうでしょうね。うちはまだ室内には出てないからいいけど、実際に部屋の中に出没したら、こんなにのん気にしていられないと思います」

「そうなんですよ。だから、今のうちに早く捕まえて、侵入経路を完全に塞ぐのがベストなんです」


あ、それでこれ、大事な話ですけどね、そう言って、S氏は声を落としました。

「屋外の穴は発見しましたが、現状ではまだ塞ぎません」

「え? 何で??」

思わず声を上げると

「ここを塞ぐと、ネズミが外に出られなくなりますよね。実はこれ、両刃の剣でして。


良い方に考えると、閉じ込められて外で餌を得られない分、毒餌を食べる可能性が格段に上がるため、そのままなら最終的には家の中で死ぬことになるでしょう。

反対に悪い方を想定してみますと。例えば毒餌を食べてもすぐには死なないので、どこか違う場所から外に出ようと試みて、家の中をあちこち噛んで回ります。ネズミはげっ歯類、噛むことが習性ですから。そして、今回の侵入で分かる通り、どんな小さな隙間でも見逃してはくれません。何なら自分で通れるくらいの隙間を囓って作ってしまいます。その場合、室内への侵入の可能性が高まります。また、家の内部に与えるダメージも考えられます。壁の中や床下を通る電気類の配線などを断線させたり、大事な柱を囓ることもあるからです」

「でも、塞がなかったら、他のネズミが入ってくることもあるんじゃ?」

「もちろん、その可能性も否定し切れません。が、それも含めて利点とリスクを天秤にかけると、穴を塞がずにいることの方に軍配が上がるんです。

そういう訳で、現行犯逮捕に成功した又はネズミがいなくなったと判断されてから、最後に外部からの侵入経路は塞ぐこととなります。それをもって、ミッションクリア、となる訳です」

「事件の解決を迎えるまでに、牛歩とは言いませんが、思っていたより時間がかかりそうですね。ちょっとドキドキしてきました……」

「そうですね、最短解決でも最低3回の現調は必要です。どんなにチープな筋立てであっても、やはりミステリーにはこれくらいの手数は必要なのです」




❖❖❖❖




いや。これはミステリーじゃないから。

(一応、2作品ほど読んで勉強したが、いまだに書ける気がしない)


そして、ホラーにもしたくないから。

(過去に2作品書いたが、およそどちらも本流から外れきっている)


だから、盛り上がりも要らないから。

(いや、この【深夜鈍行】以外ではむしろ喉から手が出るほど欲しい)





また獣が現れています。

年末になって以来、毎日うんざりするくらい獣が現れています。

~コータロー「深夜鈍行」 第2便 サイヤクの風 第8章 獣が私を眠らせない

 

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