第30話 深夜鈍行 再び/悪夢はある時、突然に 


こんばんは。

春の深夜を胸騒ぎの腰つきで過ごすあなたの心の踊り子号、満っつる”コータロー”フェイエノールトの【深夜鈍行】。

2021年も早4分の1が過ぎ去ってしまいましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。





初っ端から残念なニュースをお伝えしなければなりません。

あの『ムーンライトながら』が、その運転を終えてしまったそうです。

『ムーンライトながら』と言えば、”青春18きっぷ”の代名詞的列車。

2009年からは”青春18きっぷ”シーズンの時だけの臨時便としての運転になり、昨年春は走りましたが、その後の夏、冬シーズンはコロナ禍のため休止。そして今回、この1月の決定により、結局、昨春3月がラストランとなってしまいました。

ただし”青春18きっぷ”自体は今春発売され、現在1週間ほどの利用期限を残しています。

【深夜鈍行】を代表する列車がなくなった今、東京から西に向かう旅人たちは”青春18きっぷ”をどのように乗り継いでいったのか、これからの鉄ニュースを待ちたいと思います。



えー、ややマニアックなスタートになってしまいました。

気を取り直して、リスナーさんからのお手紙を読んでいきますね。


はい、こちらはペンネーム”R指定”様から。

「私、怒り方がよく分からないんですけど、どうして皆さん、そんなに怒ることがあるんでしょうねえ? 教えてほしいんですが」

そうですか、私などはコロナに変異株まで現れて花が咲いて株分かれして増殖しているなどと聞きますと、それだけでもう桜があっという間に散ってしまったように怒りを通り越して笑うしかなくなるんですが、それでは答えになってませんかね?

あ、いや、でもタイミング良く今ここに、怒りに満ちた手紙が届いています。

ぐうたら県の”みっちゃん”さんですね。

「また例のヤツが出てたんで、ちょっと何とかしてほしいんだけど!!」

って、そんなに怒られてもね、こちらとしてはできることってほぼないんでね、仕方ないです、お話だけはこの後、詳しくお聞きしますから、とりあえず、まあ、お水でも飲んで落ち着いてくださいね?

はい、では、レポーターのカサマさん、今夜もよろしくお願いします。




🎤 🎤 🎤 🎤 🎤




……はい、カサマです。

えー、早速ですが、お話を伺います。

前回と同じくお怒りのようですが、今回は一体、何があったんでしょうか。


「この前は感情的になり過ぎちゃったからね、これでも一応、反省はしてるの。今もちょっと熱くなりかけてたみたい、ごめんなさい。

今回は2回目なことだし、そうね、ミステリーっぽく告白調で怒ってみようと思ってるから。いい? 話すわよ?



あれは忘れもしません。去年の暮れ、12月も半ばのことでした。

片付けのために実家に一泊して、自宅に戻ってきた日の夕方のことです。留守中の片付けをしながら、私は夕飯の献立をぼんやりと考えていました。疲れていたのと時間もあまりなかったこととで、冷蔵庫の中にある食材で作れる一番ラクなメニューは何だろうかと考えていたんです。

え? 日頃からラクなメニューしか作ってないだろ? ですって? ま、失礼しちゃうわね。そんなことある訳ないじゃないですか。○○○ドゥとか、どこぞの冷食とか、そんなの使ったことなんて一度もある訳ないじゃ、……あ、(汗) えーっと、たまーーにですけど、使ったりもしますかね。ええ。たまーーに、ですよ? はい。


で、まあ、その時は、炊き込みご飯にしようかな、って閃いたんです。具材を切って炊飯器に入れて炊くだけのその手軽さがドンピシャ気分でした。そう言えばたしか、もち米も少しだけ残っていたから年内に食べ切るにはちょうどいいか、とも思ったんです。

そのもち米なんですが、流し台の一番下のスライド引き出しにしまっているんです。もち米は毎回2キロの袋で購入してます。うるち米と混ぜて3回ほど炊き込みご飯を作れば食べ切れる量なので。密閉容器に入れずに買った時の袋のまま、口をゴムで縛って保存していました。


早速スライド引き出しを開け、1カップだけ残っていたもち米を手にすると。ビニール袋の端が破れていたんです。

あれ、と違和感を覚えました。私、袋を開ける時は必ず上部をハサミで切るので、破れてるはずがないんです。これがお菓子の袋とかだと家族が食べてきちんと閉めていない可能性もありますが、もち米なんて他の誰かが使うはずもないですし。おかしいな、と思いながら袋を取り出したところ、袋の回りに何粒かこぼれた米粒と、そして、黒っぽい種みたいなのがいくつか落ちていました」


……ほう。種、ですか。そんなところに種なんて入れてたんですか? 野菜の種か何かですかね?


「いえ、食べ物を入れておく場所に植物の種なんて入れてませんよ。別のところにまとめてしまっています」


……では、それは?


「……知識としては、あったんです。でも、頭では理解していても、気持ちは分かることを拒絶している、まさにそんな状況でした。それで、一呼吸置いてから、その場でスマホで検索をしました。そして、残念ながら、予想通りの答えを得てしまいました」


……、と言いますと?


「いわゆるひとつの、ネズミの糞、でした」


……!


「ネズミの糞、とひと言で言っても、ネズミの種類によって形状やサイズが異なるそうなので、自分なりに目測をつけつつ、証拠物件としてティッシュでつまんで密閉容器に保存しました。

さすがに残っていたもち米を使う訳にはいきませんから、うるち米だけで炊き込みご飯を作ることにして、具材を入れて炊いている間に、現場検証を行いました」


……他に何か証拠になるような遺留物でもありましたか?


「いえ、糞だけでした。ただし、引き出しを筐体から取り外して、シンク本体部分まで見たんですが、そちらにもいくつか糞が落ちていました。なので本体部分と、引き出しの中と、全て中身を取り出して、使い捨て雑巾で拭き取りました。疲れて帰ってきたところをダブル、いえ、トリプルパンチを喰らったような気分でした」


……それはお疲れ様でした。


「はい。疲れましたね、かなり。しかも精神的にも、です。

で、必死に拭き掃除をしているところに長男が現れました。

『帰る早々、何やってるの?』と聞くので、実は、とため息まじりに説明した所、『ああ、それでかぁ』って妙に納得してるんです。

『いや、実は昨日の夜も、その前も、夜中に何だか変な音がしてたんだよ、すぐ近くから』

初めて聞く話でした。びっくりしました。

『だってちょうどオレの後ろだから』

言われてみればたしかに、長男の席は流し台に一番近いのです。それに、そもそも深夜にここで起きている人間は、彼の他にはいません。彼はよく、皆が寝静まったキッチンで、ひとりコーヒーを入れたりしながら読書や動画を楽しんでいるのです。

『いつ頃からそんな物音、聞くようになったの?』

勢い込んで尋ねると、

『うーん。いつ、と聞かれるとはっきりとは覚えていないんだけど、この数日くらいかなあ?』

何とも頼りない答えでしたが、遺留物と合わせて大事な証言としてメモしておきました。

そして、すぐに電話です」


……どちらに、ですか?


「前回と同じ、市役所の窓口です。

ただ、今回はそこからが違いました。前回は市役所から外部の委託業者に連絡がいき、委託業者からこちらに電話がかかってきました。

今回は、市役所から外部の公益社団法人の電話番号を教えられます。そちらに電話して、駆除を依頼する場合の段取りなどの説明を受けます。その上で、業者に駆除を依頼するかどうかの判断をします」


……ということは、依頼しない人もいる、ということですか?


「そうです。なぜならば……、


ではないからです!!」


……ああ、なるほど~。納得しました。


「そんな訳で、電話口でどうするか尋ねられましたが、答えは一択、『お願いします』でした」


……おお、太っ腹ですね。


「逆です。あんな生き物、絶対にシロウトの手になんか負える訳ないじゃないですか。そうでなくてもこちとら前回だって捕獲できなかったんですからね。もうね、絶対に捕まえてもらわないと、おちおち夜も寝てられませんからね。怖いですもん。夜中に物音がして、しかも家の中で食べ物を食べていくだなんて! 前回は曲がりなりにも家の外だったんですよ? それが今回、家の中ときては、もはや私にとってはこれはホラー枠でしかありませんから!!」


……そうですね、言われてみれば、たしかに。


「そんな訳で、公益社団法人から最寄りの業者の電話番号を伝えられ、今度はそちらに電話です。業者と再度、金額などの確認をした上で、依頼をしました。ネズミの駆除依頼はやはり近年増加しているそうで、すぐには予約できず、次週に来てもらうことになりました」


……なるほど。それにしても今回はやはり2度目ということで、ずいぶん落ち着いてますね?


「そんなことないですよ。作者がぐうたら過ぎて、4ヶ月近くも放ったらかしにしてたものだから、怒るに怒れなくなっているだけです」


……すみません。後でよく言っておきます。


「ホントですよ。こっちはもう、早く話してラクになりたかったのに、いつになったら話せるんだか、ってずっとヤキモキしてたんですから!」


……本当にすみません。さらに申し訳無いんですけど、ここから先の業者さんとの話は次週ということで、


「分かってますよ、それくらい。どうせ、字数が何とかってまたぐうたらな言い訳しだしてるんでしょう? これだけずっとガマンしてたんですもの、あと一週間かそこら続きを話すのを待つくらいはガマンしてあげます。ええ。その代わりと言っては何だけど、今回はお金がかかってるから、少しは出演料出してくださいよね?」


……え? そんな話は聞いてませんが……、あ、いや、ちょっと1スタのピーーーピPPPPーーーーーピー……




🎤 🎤 🎤 🎤 🎤




はい。こちらスタジオです。

今回もまた、音声が一部、乱れたようです。ただし、話はほぼ終わりのようでしたので、中継はこのまま終了致します。

またまたお聞き苦しくなりましたこと、お詫び致します。



えー、では、次回をお待ち頂けますよう心からお祈りして、今宵はこのあたりでお別れさせて頂きます。この後もどうぞ楽しい週末の深夜をお過ごしくださいませ。






その夜、私はあまりの寝苦しさに何度も目が覚めた。ケモノの夜はいつでも寒く、その夜だけが特別ではなかったはずだが、何度も何度も目が覚めた。浅い眠りの中で、私は恐怖におののいた表情で臭いを嗅いでいる鼠たちの夢を見ていた。

~コータロー「深夜鈍行」 第2便 サイヤクの風 第9章 獣の匂い

 












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