プロジェクトK(短編集)
叶良辰
3周年記念イベント
【KAC1】プロジェクトK ー こうしてカクヨムのマスコットは生まれた
2016年2月29日
日本のweb小説史に名を残す日である。
後に多くの書籍とweb作家を輩出することになる一大プラットフォーム
「カクヨム」のグランドオープン。
だがその船出には、必要な「何か」が足りていなかった。
マスコットキャラクターである。
実は計画当初より、サイトのマスコットキャラクターの必要性については何度も話し合いの場が持たれてきた。
『カクヨムは今後の社運を賭けたプロジェクトであり、某ライバルサイト(なろう)との差別化をはかるためにも旗印が必要である』
そんな意見が過去の会議中に何度か出されていたのだ。
しかし
先送りされたキャラクター決定までの道程は険しいものとなった。
誰もやりたがらなかったのだ。
当時のカクヨム編集部は、各レーベルから無作為に選ばれた出向者の寄せ集めであった。異世界ものを中心に扱うレーベル出身者と恋愛ものを中心に扱うレーベル出身者が意見を合わせることは難しく、彼ら全員が
(「お前、自分のところの色を押しすぎなんじゃね?」的な目で周りから見られたらやりにくくなるな。大人しくしてよっと)
という微妙に空気読めよ的空間の中で仕事していたため、やむを得なかったのだ。大企業社員の処世術として、確かに当然の事ではある。
実際、立ち上げたばかりのWebサイトは問題が山積みで、当初目論んでいた読者数は目標値に届かず、書籍の売り上げに直結する数字を出すのはまだまだ先の話であると思われた。次の社内人事が不透明な時期でもあり、ここに深く立ち入るのは危険だと編集者の勘が告げていた。
そのためマスコットキャラクターはおろか、様々な業務が及び腰なまま、無情にも時だけが過ぎて行く。
そんな編集部の姿勢を上層部は許さなかった。
『カクヨム運営一周年に向け、マスコットキャラクターを作成すること』
2016年の年末、指令が下ったのだ。
ところが、残念なことにタイミングを逸していた。この時期既にWebサイトとしてのランクづけはほぼ固定化されてしまっており、今さらマスコットを投入することで時代の趨勢を変えることはできないことは誰の目にも明らかであった。
しかも当時、カクヨム編集部には金がなかった。提携レーベルから前借りした広告費用でまかなわれる予算の大半を、ギャンブラー気質の元編集長が『横〇駅SF』のプロモーションにぶっこんでしまったせいで緊縮財政を余儀なくされ、運営そのものが危ぶまれる状況に陥っていた。
当然マスコットキャラクターの外注費用など捻出できるはずもなく、結局何も決まらないまま『第二回 カクヨムWeb小説コンテスト』がスタートすることになる。
その中でお付き合いのある絵師さん(戸部淑さん)に依頼して描いてもらったコンテストの表紙絵
https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/k/kadokawa-toko/20170530/20170530121847.jpg
これを見たある編集は思った。
――この中のキャラクターでいいんじゃね? ジャンル的な色がついているわけじゃないから無難だし、考えるの面倒だし。
無難なキャラクターが良いのかどうかはさておき、名案だと思った彼は、同僚に相談した。
が、その反応は彼のアイデアに輪をかけて面白くないものであった。
「コンテストのイラストは毎回違う絵師さんに割り振らないといけないじゃない。多くの絵師さんと関係をつないでおかないといけないから、グループとしてルールが決まってるよね。仕事は仕事として分けないとダメなんじゃね? 戸部淑さんにばっかり仕事出すわけにはいかないでしょ?」
「じゃあ他の絵師さんに頼めってこと?」
「その予算がないから話が進んでないわけだろ? やりたいならお前が自分で描けば?」
「なんでだよ!」
というやり取りがあったかどうかはともかく、そして編集部がこんなに和気あいあいとしていたかどうかはともかく、中で最も絵心がある者が祭り上げられる。そして
「こんな感じでどうかな?」
と出されたのもやはり『鳥の絵』だった。
「うーん、キャラクターとして引き立つものがないな」
「というか戸部さんの鳥、まんまじゃん」
「なんか、ツイッタ―のロゴに似てねーか?」
「バレないようにもう少し崩した方がよくね?」
周りの者は言いたい放題だ。
「じゃあお前ら描いてみろよ!」
結局まとまらず、アルバイトの若い男の子に話が行った。めんどくさい仕事は下に流れるのが世の常である。
「こんな感じで鳥の絵描いてくれない? 明るいイメージで」
「え? 僕がですか?」
「うん。できれば……そうだな、角川のロゴのフクロウにするか」
そんなテキトーな指示を元に描かれたのが
https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/o/ota-ry/20161228/20161228155723.png
である。
「おーいいねいいね、オリジナリティあふれてるじゃない。このキャラで何カットか描いてよ」
「わかりました。けどこんなブタみたいなので本当にいいんですかね?」
「いーのいーの。でも今後自由に使わせてもらうからね」
「それはいいですけど、僕の名前とか載せないでくださいよ。はずかしいですから」
そんな紆余曲折を経てマスコットキャラクターの絵ができてしまった。
当然名前はない。とりあえずwebにのっけてみて、ユーザーの反応を見てみよう、ひょっとするとバズるかも、という意見に全員が賛同し、コンセプトがまったく見えないまま、カクヨム内部のお知らせやツイッタ―で使われることとなる。
ユーザーからの反応は芳しくなかった。
「良い」「悪い」ではなく、反応そのものがなかったのだ。当たり前である。何も説明していないのだから。
当時のユーザーの第一印象はおおむね以下のようなものであった。
――なんだこの絵?
――まさかこれがカクヨムのマスコット?
――なぜにブタ?
こうなると今さらリサーチもできない。まさかブタ扱いされているとは。実はアルバイトに描かせましたなどとは上層部には口が裂けても言えない。
そのまま数か月が過ぎ、マスコット(仮)としての露出が徐々に増え始めたころ、ようやくツイッタ―などでユーザーから疑問の声が上がり始めた。
――まさかあのブタがカクヨムの「マスコットキャラクター」……だと?
(はい、そうです)
――本当に「トリ」とかいうふざけたネーミングなんじゃなかろうな?
(……実はそうです)
――よもや天下の大角川のシンボルのフクロウ(高尚な意図がこめられている)から拝借したとかではあるまいな?
(…………)
ここまで来るともう開き直るしかない。二周年のタイミングでこれまで少しずつ貯めてきた予算を使い、演出と追加キャラを交えて強引に揉み消すことにした。
「カクヨムおなじみのマスコットキャラ “トリ”。その正体はフクロウなのか、鳥の形に似た未知の生命体なのか、はたまた単なるスズメなのか……未だ謎多き“トリ”に、これまた謎多き新たな仲間!?」
予算から捻出できたのは立ち絵二つ分であった。これだけでは間が持たないので、当面はとりあえず“トリ”でつなぐ形でなんとかすることに決まった。そんな事情もあり、“トリ”を描いたアルバイト君は、今後も何カットか描くことを条件に正社員として採用されることになる。
方針は決まったものの、今度は追加キャラを売り出していかなくてはならず、ここがまた難しい。なんせ今回絵師さんに発注した二つの立ち絵は
「ジャンルが偏らないように、異世界性、現代性、SF、恋愛、コメディの要素をミックスしたミステリアスなキャラをお願いします」
「ホラーはいいんですか?」
「えっと、確認します」
そんな流れでできたキャラクターだったので、いまいちとらえどころがない。ましてやキャラ名などひねり出せるはずもない。批判されるようなことがみんな怖いのだ。やる気とかの問題ではないのだ。
したがって
「キャラクターの名前もスペックも性格もユーザーに決めさせよう!」
という企画が立ち上がるのは割と自然な流れであった。ただその後、徐々に予算に余裕ができはじめ、最終的には温泉旅行とかタブレット、その他ノベルティグッズまで準備できることに。やはり有能な社員が集う会社だったのだ。いずれにせよ形にはなった。
https://kakuyomu.jp/special/entry/2nd_anniversary
そんなこんなでどうにか書籍売り上げの目途が立ち始めると、今度は予算が余りはじめた。
「思い切ってチャレンジカップでも開催するか?」
「いいねー」
「予算は100万円くらいか?」
「いいねー」
「タイトル何にする?」
そこで困った。新しく募集したキャラクター名を冠名にすると、権利関係で揉めるおそれがある。かといって“トリ”杯ではさすがに格好がつかない。
「フクロウ杯で良いのでは?」
「だけどスズメかもしれんのだろ?」
「いやいや、未知の生命体じゃないと」
「え? あれブタじゃなかったの?」
新規参入レーベルからの出向者を交えた話し合いがまったくかみ合わない中、結局タイトルはフクロウ杯に決まってしまった。
https://kakuyomu.jp/info/entry/2017/09/12/190000
その一方で「じゃあ“トリ”の名前はどうすんのよ?」という話も出るには出たが、「すでに“トリ”として書いてしまった以上、そのままでいいんじゃね?」的な意見が多く、いじらないことになったのは内緒だ。
だが、そんな編集部のぬるい姿勢を上層部は許さなかった。
『カクヨム運営三周年に向け、キャラクターを生かしてweb小説サイトNo1の座を勝ち取ること』
2019年、再び指令が下ったのだ。
そう。まさに『切り札はフクロウ』だったのである。
注:この物語はフィクションです。運営様、いつもありがとうございます。
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