第2話

 祐也との一件があってから、翔一は文芸部に行かなかった。その間、何度か優花とすれ違った。特に話すことはなかったが、目の下にクマを作り、足元がおぼつかなくなっていき、日に日に弱っているのが目に見えていた。

 ある日、気まぐれ程度で文芸部の部室に行くと翔一は目を見開いた。部室の扉の前に優花が意識を失い倒れていた。翔一は急いで優花を背負い保健室へと運んだ。

 保健室の先生にベッドへと誘導されると、優花の額に湿らせたタオルを乗せる。

 日が沈み始めた頃、優花が目を覚ました。

「ここは?私は何を?」

 状況を飲み込めず動揺する優花にこれまでの経緯を説明する。話が進むにつれて優花の顔が暗くなっていく。

 何か話題を変えようと小説の話をする。

「ずっと小説を書いてたのか?」

「うん、早くコンクールの締め切りが近いからね……」

 優花が文芸部を守る為に小説を書いていることは察しが着いていた。しかし、何故体を壊してまで躍起になることに疑問を抱いていた。

「どうしてあの部にこだわる?他の部に入っていても小説は書けるだろ?」

「確かにそうかもしれない、でもあそこは私の約束の場所なの」

「約束?」

「うん、去年卒業した先輩と約束したの。文芸部を賑やかで良い部にするって」

 思い出に浸るように話す優花に翔一は声をかける。すると翔一はため息をついて口を開く。

「見せてみろよ」

「えっ?」

「小説だよ、文芸部に入ったつもりはないが、アドバイスくらいならしてやるよ」

「本当?」

 キョトンとした表情で訊く。もちろんだと翔一が答えると

「お取り込み中失礼するよ」

「すみません気付かなくって……」

 知らぬ間に二人の声を聞いた保健室の先生が立ったことに気がついて、驚きのあまり優花は声を上げる。

 診察をすると今日は帰ることを勧めた。そして、優花を一人で帰らせるのは不安だからと翔一が同行することになった。

 帰り道好きな小説のことで話ていると優花の家に着いた。

「今日はありがとう」

「気にするな。俺は帰るからゆっくり休めよ」

 翔一がその場を離れようとした時、優花に呼び止められた。

「あの!」

「どうかしたか?」

「今度の日曜日会えないかな?私の小説読んで欲しいから……」

 照れを隠すようにソワソワとしながら翔一に訊く。

「わかった、その日は開けておく」

「ありがとう、じゃあ連絡先交換しよう!」

 連絡先を交換すると、優花は気が抜けて足元がふらつきながらも嬉しそうな表情を浮かべる。

 その日の夜、通話アプリに優花からメッセージが送られ、日曜日に駅で待ち合わせをする事になった。


「おまたせ……?」

 優花は約束通り待ち合わせをした駅に来て、翔一に会うことができたのだが、もう一人優花の知らない少女がいた。

「その子は?」

「こいつか?こいつは……」

「私は蒼島御唯子よろしく!」

「御唯子さん?」

 翔一を押しのけ、強引に優花の手を握る。状況を読み込めず困惑する優花に見かねた翔一が声をかける。

「その辺にしてやれ、優花が困ってるだろ」

 ごめんごめんと軽く謝りながらようやく手を話す。

「御唯子ちゃんだっけ?翔一くんの知り合い?」

「知り合いというよりストーカーだな」

「ひどーい!人をストーカー呼ばわりするなんて!」

「今朝家に押しかけてきた挙げ句、ここまで付いて来たんだ、ストーカー以外に何がある?」

「むぅ……」

 翔一の言葉に納得のできない様子でムスッとした表情をする。

「さて、そろそろ行こう」

「えっ?うん」

「あっ!ちょっと待ってよ!」

 翔一と優花が歩き始めると、当然のように御唯子もその後に付いて行く。

 三人が来た場所はファミレスだった。店に入ると店内は昼前にも関わらず、親子連れや学生などで賑わっていた。

 ファミレスの店員に案内され、席に座ると三人共ドリンクバーを注文する。

 各々が飲み物を持ってくると、早速ノートパソコンを開き優花の書いた小説を翔一と御唯子に見せた。

「タイトルは『夢の音色』か」

 翔一は優花の小説を読み始める。

 主人公である“千歌ちか”が歌手を目指し、友人の“真結まゆ”や“みなと”に助けられながら、あらゆる困難を乗り越える物語だった。主人公の言動がどこか優花に似ていて、まるで優花が歌手を目指す小説を読んでいるようだった。

 黙々と読み進める二人をソワソワと落ち着かない様子で見る。

「どうかな?」

「すごく面白いよ!」

「ああ、なかなか良いんじゃないか」

「本当?よかった……」

 二人の感想を聞いてホッと肩をなでおろした。

 読み進めると白紙のページが表示され、小説が完成してないことに気が付いた。

「この小説の続きは決まってるのか?」

「ある程度決まってはいるんだけど、まだちょっと悩んでて」

「悩みって?」

「このまま千歌をオーディションに合格させていいのかなって思ったの」

「どうして?」

 御唯子は訊きかえした。

「もし千歌が合格したら友人の真結に辛い思いをさせることになるし、それを千歌が望んでるのかなと思ったの」

 優花が頭を悩ませていると、翔一が口を開いた。

「どちらが合格するにせよ、俺だったら不合格になった方が満足の行く結果になればそれでいいと思う」

 満足とはどういうことかと優花が訊くと、翔一は話を続ける。

「もし俺が真結だったら、変に気を使われて合格するよりも全力でぶつかり合って不合格になる方が良いと思う」

「そうか、そうだよね……」

 翔一のアドバイスが正しいと言い聞かせるように呟くと、御唯子が立ち上がり一つの提案をだした。

「それならさ、翔くんに千歌がオーディションに合格する小説を書くから、それを参考にするのはどう?」

「なぜそうなる?」

 翔一は突拍子もない提案をする理由を訊いた。

「だってさ、百聞は一見にしかずって言うじゃん?アドバイスを出すよりも実際に小説を書いてみせた方が早いって」

「簡単に言うな」

 二人の会話の傍らで優花は御唯子の提案について考える。

「翔一くん」

「なんだ?」

「御唯子ちゃんの言うとおり、試しに小説を書いてくれないかな?」

「ほら、優花ちゃんもこう言ってることだし書いてみてよ!」

「はぁ……、わかった。ただし、内容の保証はしないからな」

 逃げ場がなくなった翔一は観念して書くことを引き受ける。

「小説の方針も決まったことだし、せっかくファミレスに来たんだから何か食べない?」

「うん、そうしよう」

 優花と御唯子はメニューを見始める。本来の目的を忘れてしまうのではないかと心配になりながら翔一は二人を待った。

 三人がメニューを決めると、店員に注文する係を名乗り出た御唯子に任せて、二人はドリンクバーに飲み物を取りに行った。

 飲み物を手に持って席に戻ろうとした時、翔一は店員と話している優花が目に入った。トラブルがあったのか、お互い気まずそうにしていた。

「どうかしたのか?」

「ううん、何でもない」

 あきらかな作り笑いをして優花は先に席に戻り、店員もその場を後にした。

「もう遅い!」

「ごめん遅くなっちゃって」

 翔一達が戻ってくるのが遅いことにぶうたれながら飲み物を取りに行った。

 席に座るとノートパソコンを開き、誰の話を聞き入れそうにない程黙々と小説を書き始めた。

「あいつ、遅いな」

 御唯子が飲み物を取りに行ったっきり戻ってこず、スマホの時間を見るとあれから三十分が経っていた。

 心配になった翔一は通話アプリのメッセージを送ろうとした時、御唯子からメッセージが来ていることに気が付いた。内容は、用事ができたから先に帰るとのことだった。

 御唯子のメッセージに返事の文を書いていると、店員が料理を運んできた。

「食べよっか」

「ああ」

 並べられた料理を食べていると、どういうわけか再び店員が料理を運んできた。

 最初は御唯子が頼んだ物かと思ったが、次々と料理が運ばれてきて気が付いたらテーブルが料理で埋め尽されていた。

 優花が何かの間違いではないかと訊く。

「私達こんなに注文してないんですが……」

「すぐに確認してまいります!」

 店員は急いで確認をすると注文に間違いはなく、どうやら知らずに御唯子が知らぬ間に追加で注文をしていたことを知った。

 最後にデザートのケーキが運ばれてきて、テーブルに置いてある筒に長く伸びた伝票を丸めて入れた。

 二人はテーブルに敷き詰められた料理に唖然とする。

「食べよっか……」

「そうだな……」

 鉛のように重くなった両手でナイフとフォークを握り料理を食べ始める。

「あいつ……」

 翔一は怒りを押し殺しながら呟いた。

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文芸部の幽霊 ハヤブサ @mikazuki8823

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