文芸部の幽霊
ハヤブサ
第1話
最低限の家具しかない部屋で“
簡単な朝食を済ませると、開封された段ボールから取り出した、新しく通いはじめる天ヶ崎高校の制服に着替え家を出る。
通学の途中、大きな交差点で信号待ちズボンのポケットから取り出した直後、右から誰かに押されたかのように横断歩道へと飛び出す、短い髪の少女の姿が見えた。その奥からは大型のトラックが迫ってきていて、かなり危険な状態だった。
少女を助けようと、翔一は一目散に少女の腕へと手を伸ばす。
トラックが交差点を通り過ぎた頃、少女は翔一の胸に抱かれていた。
「怪我はないか?」
「うん……、ありがとう」
動揺を隠しながら少女は返事をする。
「ケータイでしたらあそこに」
少女が指を指した先には、潰れた翔一のスマホがあった。少女の腕を掴もうと手を伸ばした拍子に投げてしまい、丁度トラックのタイヤの通り道に落ち、そのまま轢かれてしまっていた。
「ありがとう……?」
翔一が潰れたスマホを拾い上げ振りかえると、少女の姿がなかった。どこに行ったか疑問に思いつつも、潰れたスマホをズボンのポケットにしまい学校へ向かった。
学校に着くと、翔一は職員室に案内された。
「あなたが転校生の逢間翔一君?私は担任の“
「よろしくお願いします」
「そろそろホームルーム始めるから付いてきて」
智美は翔一のクラスである2-3と書かれた教室へと案内する。
「ここがあなたの教室、さあ入って」
教室に入ると教壇に立ち、智美の紹介のもと簡単な自己紹介をする。
「時城学園から来ました逢間翔一です。よろしくお願いします」
翔一が前に通っていた学校の名前を言ったとたん、教室中からひそひそと話し声が聞こえた。
「時城学園ってエリート校の?」
「そんな人がなんでこの高校に?」
話し声が次第に大きくなっていたが、それを打ち消すかのように声をあげる。
「はいはい噂話はおしまい、とりあえず逢間くんは隅の空いてる席に座って」
「はい」
智美の指示された席に向かった。その間も話し声がやむことはなかったが、翔一は気にすることなく席に座った。
ホームルームが終わり翔一が授業の準備をしようとした時、一人の少年が陽気に話しかけてきた。
「よっ!転校生」
「何のようだ?」
馴れ馴れしく声をかけられ、怪訝な顔になりながら少年に訊く。
「嫌そうな顔するなよ、俺は“
笑顔で握手を求められ、翔一は仕方なさそうに晴人の手を握る。
「そうだ、せっかくだし連絡先交換しようぜ」
「残念だが無理だ」
「何でだよ?」
「スマホを壊してしまってな、連絡先を送るどころか操作すらできない状態なんだ」
制服のポケットから潰れたスマホを取り出す。
唖然とした様子で訊いてきた晴人に今朝遭った出来事を話した。
「へぇー、朝から災難だったな」
それからも一方的な雑談が続き、翔一が疲れ果てていたころ、丁度チャイムがなり晴人はようやく席に戻った。
午前の授業が終わり昼食をとるために食堂に向かおうとしていると、髪の長い一人の少女に声をかけられた。髪の長い少女の顔を見て翔一は少し驚いた表情をする。今朝助けた少女と顔が瓜二つだったからだ。
「あなたが逢間さんかしら?」
「ああ、そうだ」
心を落ち着かせながら返事をすると、髪の長い少女は一枚のプリントを渡した。中には天ヶ崎高校の部活動のリストが書かれていた。
「この学校は必ず何かしらの部活に入る決まりなので、あなたにも何かしらの部活に入ってもらいます」
少女の言葉に翔一は困ったような表情をする。この学校では何の部活にも入らないつもりでいた翔一にとって、強制入部制は想定外なことだった。
「わかった考えておく」
「よろしくお願いします。では私はこれで」
要件を済ませると髪の長い少女が後にした。するとすれ違うように晴人が来る。
「梓と何話してたんだよ?」
「あいつのことか?」
「そうだよ、“
梓と呼ぶ髪の長い少女について話し始めるが、翔一は別のことを考えていて、ほとんど話を聞いていなかった。
「それで何話してたんだよ?」
「何の部活に入るか聞かれただけだ」
「なんだ、それだけかよ」
露骨に肩を落として落胆する。
「まあでも文芸部には気を付けろよ、幽霊がでるらしいからな」
晴人はからかうような笑みを浮かべながら話し始めた。
放課後、翔一は部活動のリストに目を通していた。そして文学部の文字を目にすると、昼休みの晴人の言葉を思い出す。
「この学校には七不思議があってな、その一つに文芸部の幽霊ってのがあるんだよ」
「幽霊?」
「文芸部の部室の元コンピューター室の近くを一人の生徒が通った時に短い髪の女の子を見たらしいんだけどよ、目を離した隙に髪の短い女の子がいなくなったらしいんだよ」
「教室に入っただけじゃないのか?」
「そうかもしれない、だからよ事実確認の為にも行ってみてくれって!」
晴人の勢いの良さに観念した翔一は仕方なく聞き入れることにした。
気の進まないまま文芸部の部室である旧コンピューター室に足を運んぶ。
「ここか?」
引手に手をかけ扉を開けようとしたが、鍵がかけられていてびくともしなかった。
「あなたは?」
眼鏡をかけた少女に声をかけられた。手には数冊の本を持っていて文学部の人だと思った。
「私は“
優花と名乗る少女は翔一に微笑みかける。
文学部の部室である第一コンピューター室の鍵を開けて部屋の中に入る。
「これは?」
翔一は部室の有り様に驚きを隠せずにいた。部室の大半には演劇部のセットや古いパソコンなどが無造作に置かれていて、残りのスペースに向かい合わせになるように机が並んでいた。
「驚いたでしょ?」
「まぁな、まさかこんなところが文芸部の部室だなんてな」
「文芸部に部室をもらえるよう無理を言って頼んだら、特別に物置として使われてたこの部屋をかしてもらえたの」
優花は、パソコンを開きながらこの部室について話す。
「よし!早速始め……」
気合いをいれて執筆作業に入ろうとした時、部活動の終了時間を知らせるチャイムがなった。
「ごめん文芸部の活動を見せられなくて、明日また来てくれるかな?」
「ああ、問題ない」
文芸部の部室を出て昇降口で優花と別れた。家へと帰る前にショッピングモールに向かった。
その途中、ふとおばあちゃんを介抱している少女が目に入った。少女には見覚えがあり短い髪に翔一と同じ制服を着ていて、まさしく今朝翔一が助けた少女だった。
「なぜ彼女がここに?」
翔一は少女を横見に見ながらショッピングモールへと向かった。
「ありがとうございました」
ケータイショップの店員に笑顔で見送られながら店を出る。ついでに本屋によろうかと考えていると幼い子供の泣き声が聞こえた。
辺りを見渡してみると、泣き続ける幼い少女を必死に励まそうとするあの少女がいた。
「何をしているんだあいつは?」
呆れてその場を離れようとした時、ふと自販機が並んでいるのが目に入った。すると翔一はため息をつきながら自販機に小銭をいれた。
「お母さんはどうしたの?」
少女は幼い女の子に訊くが、ただただ泣き続けるだけで何も答えてくれなかった。
途方にくれていると不意に頬に冷えきった缶をあてられ、驚きのあまり立ち上がる。
「冷たっ!って君は?」
「何してるんだお前は?ほら、これでも飲んでろ」
「ありがとう」
「君にはこれをあげる。だからもう泣くな」
「うん……」
翔一はしゃがんで小さい紙パックのジュースを手渡した。幼い女の子も泣くのをやめて、涙を拭きながらジュースを受け取った。
「よし、いい子だ」
微笑みながら幼い女の子の頭を優しく撫でる。その後ろ姿をどこか羨ましそうにみていた。
「
「お母さん!」
幼い女の子は満面の笑みで母親の方へ走っていった。
母親は夏芽と呼んだ幼い女の子を抱きかかえると優しく撫でてあげた。
「うちの娘がお世話になりました」
「いえ、気にしないでください」
母親に連れられながら夏芽は小さく手を振りながら別れの挨拶をする。それと対照的に少女は大きく手を振りながら龍介と夏芽を見送った。
翔一がスマホで時計を見ると19時を回っていた。
「俺達も帰るぞ」
「あっ待って!」
歩き出す翔一の後を少女は小走りで追いかける。ショッピングモールを出た後も二人は一緒に歩いていた。
「そういえばさ、翔くんってスマホ新しくしたの?」
「ああ、今朝お前を助けた時にトラックに踏み潰されたからな」
「ふーん、それじゃあ連絡先交換しない?」
「どうしてそうなる?」
何の脈絡もない少女の言葉に戸惑いながら訊く。
「いいじゃん、ほら早く」
「わかった、……っておい!」
スマホを取り出すと同時に少女にスマホを取られた。手慣れた手つきで操作をしてあっという間に連絡先の交換を済ませる。
「はい、できたよ!」
「人のスマホを勝手に……」
呆れながらスマホを画面を見る。“
「これがお前の名前か?」
「うん、これからもよろしくね!」
御唯子の満面の笑顔を呆れた表情をしながら見る。
「そういえばさ、翔くんは何で文芸部に来たの?」
少女はふと思い出したかのように翔一に訊く。突然のあだ名呼びに違和感を感じながらも気にしないように話す。
「部活動見学で一通り見て回ってただけだ。ただ、強いて言うなら同じクラスの奴から文芸部に幽霊が出るから見てこいって言われて行ったくらいだ」
「見つかるといいね幽霊!」
少女はどことなく嬉しそうに話す。
「あんなのただの噂話だ」
「そうかな、信じていれば会えるんじゃないかな」
「本当にいたとしてもあまり関わりたくないけどな」
「……」
会話が止まり静まりかえる。気が付くと少女の姿がなく翔一一人になっていた。
「あいつ、また……」
呆れながら翔一は、自分の家へと歩き始めた。
翌日の朝、昨日と同じように登校していると晴人が声をかける。
「よっ!」
「またお前か……」
翔一は呆れた表情をするが、懲りずに話を続ける。
「相変わらず嫌そうな顔しやがって、それで昨日は幽霊に会えたのか?」
「幽霊なんて……」
幽霊を否定しようとした時、一瞬あの少女のことを思い出し言葉が止まる。歯切れの悪い返事を晴人が聞き逃すはずもなく、意地の悪そうな顔をしながら訊いた。
「もしかして、心当たりあるのか?」
「さぁな」
これ以上悟られまいと晴人を置いて早足で学校へと向かった。
退屈な授業を終えた放課後を迎えた。文芸部の部室へと向かう。
部室の鍵が開いていて、中ではすでに眼鏡をかけた優花が執筆作業をしていた。かなり集中していたのか翔一が来たことに気付いていない様子だった。
「少し良いか?」
「えっ?あっごめんなさい、気付かなくって」
ようやくこちらに気付いて、慌てて眼鏡を外す。
「随分と集中してたな、コンクールに出品するのか?」
「そう!高校生を対象にした大きなコンクールがあってね。それに応募しようと思うんだ」
「そうか、頑張れよ」
「うん!頑張る」
優花が嬉しそうに話していると、ドアをノックする音が聞こえた。返事をすると廊下から眼鏡をかけた少年が入ってきた。
「坂本さん……」
「文芸部の廃部の件はどうなりましたか?」
「それはその……」
“廃部”という言葉を聞くと、目を逸らすかのようにうつむく。すると態度が一転して、優花にひどく怒鳴りつける。
「以前から言っていたはずです!在籍する人数が少ないだけでなく、実績すらも残せていない、そのような部活動を残すことはできないと!」
眼鏡をかけた少年の激しい言葉攻めに遭い、優花は徐々に体を小さくなっていった。しかし、勇気を振り絞り口を開いた。
「それでも、この部を、この場所を残したいんです!」
眼鏡をかけた少年は呆れたようにため息をついた。そして怒りの矛先が翔一の方へと向く。
「ところで、あなたがどうしてここにいるのですか?」
「部活動見学」
「そうですか、でしたら期日までに入部する部を選んでくださいね」
「ああ」
部活に入るつもりがない為、生返事で適当に返した。勘に触った眼鏡をかけた少年は眉間にシワを寄せて部室を出た。
「誰なんだあいつは?」
「あの子は
「生徒会ねぇ」
梓と違って、頭に血が登りやすく短気である祐也のような人が生徒会に入れたのか疑問に思った。
「今日はごめんね、へんなところ見せちゃって」
「別に気にするな」
「そっか、ありがとう。私はもう帰るね」
部室を出て戸締まりをすると、以前みたときよりも弱々しく重い足取りで昇降口へと向かっていった。翔一も心配になりながらも同じく昇降口へと向かった。
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