第3話

執務室に入ってきたスフィナとレナードにザイは少しだけ眉をひそめた。


「ただいま、ザイ」

「……無事のご帰還嬉しく思います、姉上」

「他人行儀な言い方しなくていいっていつも言ってるのに。『おかえり、おねぇちゃん!』って言ってくれればいいのよ?昔みたいに」

「何歳の頃の話ですか…。もう、子供じゃないんです。今の私がそんな言い方をしても気味が悪いだけです」

「可愛くなーい」


ザイの回答が気に入らないスフィナは口を尖らせて不満顔だ。

そんなスフィナの様子を気にも留めず、ザイは手元の報告書に目を通した。

そこにはスフィナが訪れた先の調査報告が書かれている。ザイは国を収める立場に立つため、隣国や地域毎の風習、土地柄、風土病、あらゆる調査の報告を受けていた

一方で、戦争や他国の小競り合いなどは耳にはするものの、担当の者に一任し、自分は思うところがあればその者に進言する事に決めていた。

すべてを自分ですることは無理が生ずる。

それなら、「信頼している」と一言添えて優秀な者に任せたほうが効率的だと上に立つ者の教えとして父からしつこく言われていたのだ。


そのような事を父に毎日のように言われてる自分と違い、姉のスフィナは自由奔放、思ったことはすべて発言し行動にも起こす

ザイは、そんな姉を少し羨ましく思うこともあったが、それができる立場になった時に姉ほどに自由に振る舞える自身は想像ができなかった。


「この、リカルトに伝わる[アザ]とは何だ?初めて聞く…」


突然あがったザイの声に、スフィナにお茶を出そうと少し屈んだレナードは、そのままザイの方に目を向けた。

その瞬間にスフィナが椅子から勢いよく立ち上がり、驚いたレナードは立ち上がったスフィナを見上げた。

そこには、テストで100点をとったのを見つけてもらえた様な誇らしげな顔をしたスフィナが両手を腰に添えて立っていた。


「それ!新情報!!」


嬉しくて通常よりとても大きな声を出したスフィナに、ザイはまた眉をひそめ、レナードは苦笑いを浮かべた。


「……その新情報、教えてもらってもいいですか?普通の声量で。」


言葉にも目線にも棘のある言い方をするザイにもお茶を出し、レナードはその横に控えた。

スフィナは二人の様子に全く気がつく様子もなく、喜々として今回の[新情報]を語り始めた。


今回のスフィナの戦場には、あらゆる所から流れ着いた流人が多くいた。

旅をしてそこに流れ着いた者。

家族を捨てて何かから逃げてきた者。

誰かに無理矢理連れられて帰るすべを無くした者。

その中に、リカルトから来たという女性がいた。

その者は大罪人としてリカルトから追い出され、その場に辿り着いたのだそうだ。


「彼女の名前は、ミル。戦ったかえり、疲れ切ってた私についてた泥を拭ってくれたのよ。優しいでしょ?」


スフィナは、ミルのその行動がとても嬉しかったのかまるで宝物を抱きしめているかの様に優しい顔をした。


「ミルは、リカルトの王族に使えていたらしいわ。でも…。王家の姫を拉致し殺害した罪で捕まったんですって…」


ミルは、まだ生後まもない姫を攫い自分の子として育てたが、王家の追手が迫るとその子を別国に置いて自分はリカルト国で捕まったのだと話した。


しかし、表向きの罪状はそうなっているものの

実際は王家に頼まれて姫を攫ったのだとスフィナに明かした。


「本当は、王家の人に、誰にも咎められることなく平穏に暮らせる事を約束されてたんですって。でも、王様が逝去されて、秘密裏に動いていたミルの行動を知る者はなく…。」


ミルはその話を泣きそうな笑い顔で話してくれたとスフィナは語った。


「そのお姫様に、アザがあるんですって。右足の付け根にハートの形のようなアザが…」

「王様の逝去…、おそらくその姫は今頃は私と同じ年くらいですね」

「うん。今はどこにいるのかしらね…、そのお姫様」


二人の会話が続く中、レナードは歯を食いしばり一点を見つめていた。

スフィナの話に聞き入るように見せかけて、自分の体の一部を思い出していた。

スフィナの言うハートのアザがある、自分の右足を…。

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レナード・セレーナ @manakiria

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