君の珈琲と煌星

伊鳫

第一章

東京の都会から少し外れた喫茶店。 僕の行きつけでお気に入りのお店。 木製のレトロな風貌。 小さな植木鉢に可愛らしい花が一凛。


カランカラン


ベルの軽い音とキィと乾いたドアの音が僕を迎える。 「いらっしゃい」 そこには随分と背の高い若男がいた。 その人は眼鏡をかけていて少し釣り目の細身だった… そんなことを考えていると 「こちらへどうぞ」 と、いつもの席に座るよう促された。 そこは年中暖かくてよく日が差し込むいい場所だった。 僕も気に入って毎回そこに座っている。 30秒もしないうちにメニューと水が運ばれていて 少し小さめのテーブルの端のほうにそっと置かれた。 それから背の高い店員さんはちょっと笑って厨房にもどってしまった。 僕は鞄から行が書いていないノートととても細い線が描けるペン、あとはポケットティッシュを数枚出した。 スマートフォンの通知をオフにしてスリープモードに。これがすごく重要だったりする。 注文をするのはこれらの¨準備¨をしてから。 隅のほうにあるコードレスチャイムを一回押して店員さんがくるのをしばし待つ。 「今日のご注文は...¨甘めの珈琲¨ですね。ちょっと待っててくださいね」 なんて言われた。なんだか見透かされているような気分になる。 この店員さんは何時も僕の「行動」を見て勝手に注文内容を決めている。 だが、それが何故か毎回適格で... 少々悔しい気もするがまぁいいだろう。 こんな風に頭をぐるぐる動かしていたら横から珈琲の香ばしい、苦い匂いが漂ってきた。 (この調子じゃ飲めるまであと6分はかかるな) ...なんて。 僕は毎回こういう待ち時間はぼーっとしてることが多い。 だけど今回は準備をした道具でさらっと絵でも描いて待とうかな。 ペンを持って紙に手を添えて... 無心で描くのはすごく楽しいものである。 すると、耳元で 「とてもお上手ですね。これ、僕ですか?」 吐息交じりのいやらしい声で囁かれた。 僕の体は条件反射からかびくっと跳ねてしまった。 そんな姿を見て店員さんはくすくすと笑っていた。 「なんて恥ずかしい...」という気持ちと「笑っている顔も綺麗だなぁ」という気持ちと... 自分はなんてこと考えているんだとか一瞬思ったがそんなことを思っている間はなかった。 「何回も声かけたんですけどね?」 店員さんは面白がっていそうな顔をしていた。 珈琲を置いて厨房に戻ると思った。 できればそうして欲しかった。 でも店員さんは隣のテーブルのセットの椅子を引っ張ってきて僕の隣にことんと座った。 しかも「どうぞ絵を描くの続けてください」とか言いそうな顔で。 僕は一応何も聞かずに珈琲を一口飲んで絵を描いた。 絵描きならわかるだろうが、人にまじまじと見られていると絵なんか描けるもんか。 緊張と恥でろくに描けやしない。 でも店員は離れてはくれない。 どうしよう僕。 一人あわあわと焦っていると 「僕のこともう一回描いてくださいよ!」 とこそこそと話しかけてきた。 この人は何を言っているんだ?を思いかけたが考えるのを放棄するのが今は正解だと自分に言い聞かせた。 無言でペン先を走らせ、紙にペンが擦れる音だけが店内に響いていて、とても静かだった。 自分の息の音が聞こえそうなくらい。 そんな空間に僕の心臓はしだいに早くなっていった。 「うわぁ...すご...」 店員さんの口から漏れるように声が出ていた。 どうやらこの絵を褒めているらしい。 その一言から怒涛の質問攻めにあった。 例えば 「イラスト関係のお仕事なさってるんですか?」 とか 「いつから描かれてるんですか?」 とか 「いつもこの席で描いてますよね。僕知ってるんですよ~」 とか。 最後のに関してはもはや質問ではないが。 「いつもこの席で...」というのはあなたがこの席に促しているんじゃないか。 まぁこの席は自分も気に入っているからいいんだけど。 それからずっとその人は僕の絵を見ていた。 カランと聞きなれた音がして店員さんは動いた。 他のお客さんが来たみたいだ。 椅子も丁寧に戻されて、客を席へ誘導している。 そんな光景を見ながら少し冷めた珈琲を一口。いや、やっぱりもう一口。 その客は若い女性だった。 メニューを渡されているにも関わらず、ずっ店員を見ていた。 思わずあの人、顔良いしな...と共感してしまった。 なんだかもやっとした。 なんだこれは? 体調でも悪くなったか? いや、これはきっと精神的なものだな。 でもどうして? 自問自答を五分ほど繰り返した結果 「僕は女性が嫌い(仮説)」に行き届いた。 僕の母は過保護で何もかも世話をしたがる人だった。 しかも料理がとても下手だった。 その上金の使い道をあまり考えずにどんと大金を使うときだってあった。 だから僕はしだいに女性が嫌いになったんだ(仮説)。 あぁ、早く帰ってくれ。 僕は一人がいいんだ。 それに店員さんと... 「すみません。デザート作ったんですけど、食べません?」 唐突の店員さんの声に本日二度目、体がまた跳ねた。 何回も驚かせちゃってすみません、とまたくすくす笑った。 なんだかこの時は店員さんを自分のものにできたような感覚に陥った。 でもそんなのは束の間。 厨房に戻る店員さんを見ていた。 そんな光景を見ていた女性客がこちらに小さな声で話しかけてきた。 「あの店員さん、めちゃくちゃかっこよくないですか!?」 そんなに驚くことなのか。オーバーリアクションでうるさい。 甲高い声で話しかけないでくれ。店員さんの声じゃないと今は嫌なんだ。




ん? どういうことだ? 「店員さんの声じゃないと嫌」というのは? 今の自分の思考回路で「僕は女性が嫌い(仮説)」は成り立った。 だがもう一つ問題がでてきてしまった。 「店員さんじゃないと」とは? そういえば絵を描いているとき、見られたな... そのとき心臓しんどかったな... 何故? 何故なんだ? もしやこれが世で言う動悸というやつか? いや、だが苦しくはなかった。




そんなこんなで頭の回転が限界に達しそうになった時 女性客の声がして ハッと我に返ったような感じがした。


「何か考え事ですか...?」 と心配そうに僕を見つめる女性客。 「あなたが話かけたときから今この瞬間まで何分ありました?」 いや僕はなにを聞いているんだ。 「え...?いや一分くらいだと...」 (何故こんなことを聞いたのかはわからないが...) 困らせてしまったようだが今はそんなこと考えられる余裕などない。 僕なりに心臓の鼓動が早くなったり店員さんへの謎の独占欲の答えを出した。 これが俗にいう恋というやつなのでは? いや、そうだとしても何故なんだ? というか誰に?


考え尽くしている僕を心配したのか女性客は店員さんを呼んできた。 「えっと...大丈夫ですか?体調がよくないんですか?」 などと今の自分の心臓にかなり刺激の強い一言だった。 僕は顔が熱くなって自分でも赤くなっているのがわかるくらいだった。 「わっ!すごい熱じゃないですか!」 頬が少し冷たくなった。 店員さんの手が当たっている。 大きな指の細い白い手が。 僕の頬に...。




あ、この人なんだろうか...。






いや待って僕男なんですけど。



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君の珈琲と煌星 伊鳫 @ikari_W

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