第13話

「ねえ、クィ、次はどこに行くのかな」



 エレとクィは、なめらかな海の中のような場所にいた。

 オーロラのように見えるのは、銀鱗の群れ。矢のように飛び、過ぎ去っていく光の鱗。遠く、深いところでやさしく蠢く闇の塊。



「ここ、どこだろう。海の中みたいだけど、これも量子テレポート? ってやつなのかな?」

「どうかしら……、もしかしたら、ここは別の惑星なのか、それとも別の宇宙なのか……」

「クィの翼、いますごく光ってる。きらきらして、とってもきれいだよ」

「あなたこそ」



 クィは、エレの翼をまぶしそうに眺めた。

 蝶の翅のようだった飛行翼ブレード。それは今や、とてつもなく巨大なオーロラへと変わり、拡がり、あたり一面あらゆるものを明るく照らしていた。エレの飛んだあとには、光の尾が薄く、そしてまばゆく残されていた。



 それはまるで星空そのものが、流星となって天を駆けているかのようだった。



「あなたなら……その〈ゼフィルス〉でなら、どこへだって飛んでいけるわ」

「うふふっ、ねえ、クィ――そういえば、クィなんて、変な名前」

「あなただって。エレなんて名前、はじめて聞いたわ」

「エレイン・マルナ」



 かみしめるような声だった。



「私の本当の名前。エレっていうのは、仲間たちの間で使っている愛称なの。だから、これからもエレって呼んで」

「わかった――エレ」

「クィは? あなたの本当の名前は?」



 クィは、答えようとした。その時、また、目の前で光の粒子がぶわっと渦を巻いた。それはエレが後に残していった光の尾だった。



 クィの目が一瞬、その眩しさに眩んだ。前が見えなくなってバランスを崩した。大きく減速し、衝撃が身体を軋ませた。目の前が真っ白につぶれ、数秒後にそれを抜けた時、眼下には、真っ青な海が白波を立てて煌めいていた。



「エレ?」



 薄いノイズが、クリアな静寂へと変わっていることに、クィは気が付いた。

 通信が途絶している。



「エレ? どこに行ったの?」



 彼女の姿はどこにも見えなかった。咄嗟に上空を見上げると、粒子が細かく連なった、彗星の尾のような光が薄く、消えていくのが見えた。クィは心臓の辺りにぽっかりと穴が開いてしまったような、虚無感と絶望に襲われた。



 エレは消えてしまった。



 地上から見上げた流星が、一瞬、注意を途切れさせただけで、視界から消えてしまうかのように――それに気が付いた途端、絶望感は、なにか別の感情へと変わった。クィには確信があったからだ。



 エレは消えてしまった。



 ここではない、別のどこかへといったのだ。けれど、それは彼女を決して絶望させることはないだろう。彼女は、彼女自身が望む新天地へと旅立ったのだ。〈ゼフィルス〉の翼に導かれて、彼女の意志のままに。



 クィは幸いにして、海面にぽっかりと浮かぶ海上プラントの跡地を見つけた。それはまだ荒廃しておらず、鉄塔のペンキはぴかぴかに磨き上げられ、ヘリポートのアスファルトは新品同様に研磨が行き届いている。彼女はそこに軽やかに着地すると、飛行翼ブレードを脱ぎ捨てた。



 クィはさっきまで自分が纏っていたはずの飛行翼ブレードを見て、仰天した。それは、クィが身に着ける前とは、見違えるほど変化していたからだ。



 流線型の機械らしい無骨な姿だったその飛行翼ブレードは、金色に縁どられた薄い紫色の、半透明の翅へと羽化しつつあったのだ。まだぎこちなく、伸びきってはいないその翅は、エレの〈ゼフィルス〉とはまた違った色合いを帯び、美しさをたたえていた。



 きれいだった――きれいだと思った。



 なぜ、このような変質が突如として起こったのかは分からない。しかし、クィはひとつ確信を得た。



 クィとエレは、繋がっている。この飛行翼ブレードで空を飛んでいれば、いつか、また会えるかもしれない。空は広く、星は大きい。もしかしたら自分がいまいるこの場所もまた、元いた時代や場所とは、少しズレた場所にあるのかもしれない。長い旅になりそうだが、この翼さえあれば、どこへでも行くことは出来る。



「名前を付けてあげなくちゃ」



 クィは飛行翼ブレードの伸びきらない翅を、優しくなでた。やがて、彼女はホロ・コンソールを呼び出し、新しい翼にその名を刻んだ。



〈エゥールス〉。それが、いつか〈ゼフィルス〉と出会い、また一緒に飛ぶためのこの翼の名前だ。



 クィの身体を、顔を、海風がざあっと撫でてくすぐった。



 太陽は高く、まだ、星は見えない。

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流星のエレ 王生らてぃ @lathi_ikurumi

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