鉄は甘く、密は辛い~裏社会の伝説の殺し屋、バレリーノの活躍~

牛☆大権現

第1話

裏社会に、一つの伝説がある。

バレリーノ、そう呼ばれる殺し屋がいるという噂だ。


彼は、バレエでも踊るかのように戦い。

そして、法で裁けぬ悪を撃つのだと、あらゆる組織から畏れられていた。


そして今宵こよい、バレリーノの伝説は新たなるまくをあげる…


暗い夜道を、少女が駆けていた。

靴は脱げ素足、綺麗な白い肌は裂けて出血し、痛々しい姿だ。


怪我までして少女が駆ける理由、それは。

黒服の厳つい男達に、彼女は追われているからだ。


どんなに頑張っても、少女の脚力には限界がある。

ついに少女は倒れこみ、動けなくなった。


「お嬢ちゃん、山が好き?

それとも、海か? 」


男達を指揮していた人物

__唯一白いスーツを着ていた男性が、少女に問い掛ける。

少女は、死の恐怖に震えるばかりだった。


「この胆の弱さじゃ、娼婦にもなりませんな

お前達、好きにしなさい」


黒服の男達が、我先に少女に群がろうと迫る、その時だった。


「いけないな、ナンパの作法がなっちゃいないねぇ 」


闇の中から、声がする。

そして、銃声__消音器によって、掠れたような音になっている__と共に、先頭にいた男達が数人吹き飛んだ。


「な、なんだ一体! 」


白スーツは、戸惑い周囲を見渡す。


声を出し、銃声を響かせてなお、敵に居場所を悟らせない。

それは、高度な暗殺スキルがあっての芸当だ。

それが理解できてしまうからこそ、先程までの少女のように、白スーツは怯えている。


その暗殺スキルの持ち主は、あろうことか、自ら姿を晒す。

外灯に照らされるのは、黒いウプランドと呼ばれる、15世紀のフランス貴族が好んで着た装束。

時代錯誤な服装だが、それが闇夜に溶け込み、居場所を悟らせない役割を果たしていたのだ。


「お嬢さん、どうか私と夜のデートをしてくれませんか? 」


ウプランドの男は、そのまま少女に近付くと、ひざまついて手の甲にキスをする。

大量にいる、黒服達を見もせずに。


「た、助けてください…」


少女は辛うじて、その言葉を絞り出す。


「いいよ

"俺"がマナーの悪い人達を、懲らしめてあげよう 」


あまりの場違いな言動に、理解が追い付かず固まっていた黒服達だが。

男の徴発に、白スーツの指示も待たずに動き出す。


黒服達は銃を取り出し、並んで発砲するが。

男は回転しながらステップを踏み、銃弾を回避する。


「当たらねぇ! 」


「バレエの足使いを応用した、"俺"独特のステップだ。

相手は幻惑されて、距離を見誤る 」


男の言うとおり、黒服の男達は死角を取られている事に気付いていない。

素早い射撃で、先頭集団は瞬く間に全滅した。


後続の集団が、男に銃を向けた時。

既に彼は闇に溶け込み、姿を隠している。


「バレエだと?

まさかお前は、あの"バレリーノ"だと言うのか!? 」


「いかにも、俺は"バレリーノ"。

お前達を、死の舞踏バレエにてほうむる者だ 」


"バレリーノ"の戦いは、美しかった。

舞うように弾をかわし、射撃に有利な位置を取り、集団の死角から弾を撃ち込む。


白スーツは、黒服達を盾に逃走する。

指揮者しきしゃのいなくなった集団は、脆く崩れ去る。



「はあっ、はあっ……

聞いてないぞ。

なんで小さなヤマに、"バレリーノ"なんて大物が出るんだ! 」


白スーツは、かなり遠くまで逃げてから、安心したように汗を拭う。


「お前、仕事は終わらせて来たんだろうな? 」


筋骨隆々の大男が、地面を揺らしながら白スーツに近付いてくる。


「申し訳ありません、"バレリーノ"のやつに邪魔されて……

ですが、次こそは必ず! 」


白スーツが、何度も頭を下げている。

けれども、大男は非情だった。


背中に背負った散弾銃を、一瞬で構えて白スーツを撃つ。

白スーツは、全身に銃弾を浴びせられ、即死した。


「一度目で命を賭けなかった人間が、二度目で命を賭ける筈がないだろ

お前はもう、ただのゴミだ」


大男は、白スーツの死体を持ち上げると、ドラム缶の中に放り投げる。


「だが、バレリーノか。

どうせ噂ばかりの口だろうが、俺の手で化けの皮を剥がすのも悪くない 」


大男は、不敵に笑った。


「バレリーノが来たぞ! 」


「怯むな!

撃て! 」


少女を救ってから2時間後、"黒墨会くろすみかい"の事務所がバレリーノに襲撃を受けていた。

構成員達は、拳銃で必死に応戦するが、バレリーノに当たる様子は無い。


「組長、応援はまだですかい!? 」


「とっておきのを送った、間も無く着くはずだ 」


無線に叫びかける構成員が、安堵あんどの息を吐いた直後だ。

背後から、その構成員こうせいいんは銃弾の雨に曝される。


バレリーノは、転がりながら遮蔽しゃへいに逃げ込む。


「お仲間ごと撃ち抜くとは、酷い事をするねぇ? 」


「射線にいたやつが悪い。

それにだ、あんたに接近させる隙を作りたく無かったんだ 」


散弾銃を放ちながら、大男は話を続ける。


「知っているぞ、お前のスタイルは"ガン=カタ"だ。

銃口の向きから、射線を予測し回避を行うと聞く。

だがこの狭い通路で、隙間無く撃たれる銃弾は避けられないぞ? 」


大男の言うとおりだ。

いかな達人でも、避ける隙間の無い散弾は、潜り抜けられる筈もない。


「……スマートじゃないから、やりたくなかったんだけどなぁ 」


バレリーノはごちて、組員の死体を盾にして突っ込んでいく。


「正解だ、死体は良い盾になる。

だが鉛弾一発貫通すれば、人は死ぬ。

ここに来るまで、その即席の盾が貫通しない保証はないぞ? 」


大男が二丁目の散弾銃を、背中から取り出す。

そして散弾銃を、片手ずつ両手に持って撃つ。

人並み外れた筋肉量だから、成せる芸当だ。


散弾の雨が二倍の密度となったことで、少しずつ即席の盾が崩れていく。

貫通した銃弾が、バレリーノの腕を掠り、腹を叩いて苦しめる。


だが、拳銃の間合いに持ち込む事には成功する。

バレリーノは、賭けに勝った。


「残念だったな、俺は近接戦闘にも自信があってね 」


大男が、自らバレリーノに向けて踏み込んでくる。

3メートル以内の距離では、拳銃より近接武器の方が早い、というのが戦場の常識だが。

大男とバレリーノは、既に1.5メートルまで肉薄している。


「脳漿撒いて死ねや、バレリーノ! 」


大男は散弾銃本体を用いて、バレリーノの頭部にフルスイング。

だが、頭部を砕いた手応えはなく、代わりにあったのは自身の胸の痛み。


「バカな、何が起きた……」


「バレエはね、柔軟性が大事なんだ。

だからね、こんな体勢も出来るんだよ 」


バレリーノは、大きく足を広げて回避していた。

そして、空振りを見送った直後にホルダーから拳銃を引き抜いて、大男の心臓を撃ち抜いた。


「鉛弾一発貫通すれば、人は死ぬ。

あんたの言う通りだよ。

あんたは、パワーやスピードに自信があったんだろうけど、そんなものは戦いには必要ない 」


「バレリーノ、助けてくれよ。

俺はまだ死にたくねぇ…… 」


大男が、命乞いをする。


「自分の仲間を殺して、よく言うねぇ」


バレリーノは、大男の額を撃ち抜いて沈黙させた。



「……来たか」


黒墨会くろすみかいの組長が、組んだ手の上に顎を置いて待っていた。


「心霊スポットの見物に来て、あんたらの取引を見た少女を知ってるか?

その娘の落としたブレスレット、返してもらうぜ 」


「ほう、伝説のバレリーノともあろう男が、そんな物のために命を張るのか? 」


「命を張る理由なんて、人それぞれでしょうが

女の子からの頼みごとは、断らない事にしてるんだ 」


組長は、引き出しからブレスレットを取り出し、バレリーノに投げつける。


「良いだろう、持っていけ。

取引を見た人間を探すために、手掛かりとして持ってただけで、何の価値も無いぞ 」


「あんたらにはそうでもね。

持ち主の彼女にとっては、何物にも代えがたい品なんだよ 」


バレリーノは、組長の額に拳銃を向ける。


「素直に返してくれたから、遺言くらいは聞いてやる 」


「……タバコを吸いながら死なせてくれ。

最近さいきんようやく復刻したばかりのブランドを、まだ吸っていなかった 」


組長は机に置いたタバコに火をつけ、静かに煙を吐く。


「……こんなこと、いつまでやる気だね?

バレリーノの名は有名だ、狙うやつはごまんといる。

裏社会すべてを敵に回しては、長生きできないぞ? 」


「無論、俺がのたれ死ぬか、悪が滅びるまでさ 」


銃弾の音が、事務所に響く。

こうして、バレリーノの新たな伝説はひとまず幕を閉じたのだった。

(終)








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