第2話

それから1・2か月がたった閉店間際、彼の食堂に、以前彼がレシピを教えた客が現れた。

時間が時間だけに、その日は彼のほかには新たに訪れる人はいなかった。

 

カウンター席に座った客は、今日も繁盛していたらしい山のような洗い物を片づけている店主にむかって口を開いた。

 

「先日はどうも。…あれから実家に帰ってる間、何度も作ってみたんだけどさ、やっぱり違うんだよね。もちろん美味しかったから、おふくろも喜ばせてやれてよかったんだけど…なんか違う。やっぱりプロが作ると違うんだよな。材料も、特別なやつ使ってるんだろう?」

店主は「いやあ、そんな事はないですよ」と洗い物の手を休めないまま、男に向かって答えた。

 

さらに男が「○○牛とかさ、名の通った肉使ってるんじゃないの?」と尋ねると、店主は洗い物の手を休めてこう言った。

「お客さんは、ご実家で国産牛を使ってお作りに?」

 

「まあねえ。親孝行がわりにね。こういう時くらいは…といつもよりちょっと高めの国産牛使ったかな。」

 

「筍とキムチは?」

 

「筍は…たしか国産だったな。キムチは、おふくろが辛いのが苦手だから、和風キムチってやつを選んだ記憶がある。けれど産地が何か関係しているのかい?」

 

「お客さん…ぶっちゃけウチみたいな小さい店では、良い材料で作ってたら正直アカですよ。申し訳ないけれど、安い輸入品をありがたく使わせていただいてます。ウチに限らず、どんなところも何かしら輸入品に頼らざるを得ないのがこの国の現状ですけどね」

 

「そうか…だよな。確かに仕方ないよな。よし…今度実家に行ったときは、輸入品で試してみよう。ちなみにどこのを使っているか聞いてもいいかい?」

 

「もちろん。まず牛肉はA国、筍はB国、キムチは…」

 

「キムチは…あの国でいいんだろう?」

 

「ええ」

 

 

礼を言い、満足げに店を出た客がカウンターに置いたままにしていた雑誌を、店主はその表紙に躍っている『買ってはいけない輸入食品!成長促進剤の恐怖!!依存症を引き起こす恐れがある成分を含有しているものも!!』『怖い!!輸入タケノコ!輸入キムチ!残留農薬数百倍のものも!?』の文字が見えないようラックに片づけた。

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