2001年2月8日

 シモナ嬢は水色の浴衣で盆踊りの練習に参加していたが、終わるとそのままの格好でリトアニア民族舞踊の指導をし始めた。


「彼女のお父さんは病院の理事長らしいですわ。せやけどあの性格やから…」


 遅れてきた駒田氏は、シモナ嬢の指示に不満げな表情を浮かべているメンバーを顎でしゃくりながら腕を組んだ。その後シモナ嬢は突っ立ったままのメンバーに何やらたたみかけるとさっさと教室を出て行った。

 午後の文化交流パーティーのために「日本・リトアニア友好の橋」という幕がホールを横断している。教室を出ていったシモナ嬢の背中に、残されたメンバーたちは何やらささやきあっているのが見えた。両国の親善はともかく、どうやらリトアニア側では内紛の兆しが出始めている。


 昨日彼らが倉庫代わりに使っている『スギハラ・ハウス』を改めて訪れた。

 1940年7月18日朝、在カウナス日本領事館の外に続く人だかりに領事代理の杉原千畝   ちうねは驚いた。それはポーランドなどから追われてきたユダヤ人の行列だった。

 ヨーロッパからイスラエルへの逃げ道にはすでにナチスのカギ十字がひるがえっており、彼らは一縷の望みをかけて東を目指していた。すでに反ユダヤ主義を取り始めたソ連を無事に通過できるか分からないが、彼らはウラジオストクから日本に渡り、そこからアメリカを目指すと答えた。そのための日本通過ビザを発給してほしい。それが彼らの要求だった。

 ビザ発給許可を求める杉原の電報に、内務省や陸軍そして外務省から「不許可」の通知が戻ってきた。日独伊同盟の手前ユダヤ人保護を認めるわけにはいかないという。一晩悩んだ挙句、杉原は独断で通過ビザ発給に踏み切ることを決めた。

 その辺りの心情について後年の杉原は多くを語っていない。だがとにかくペンが折れ、腕が動かなくなるまで書き続けた。ソ連から領事館閉鎖命令が出され、リトアニア国外に脱出する汽車の中でも書き続けた。

 杉原千畝   ちうねの功績を輝かせたのは、むしろその後の不遇にある。1947年ようやく帰国するも、その2か月後に外務省から退職通告書が届く。これについては、外務省の意に反してビザ発給を強行したことへの懲戒解雇ではなく、単にGHQによる外務省縮小命令に伴ってという主張もあるが、外務省の氏への評価は、2000年10月の河野洋平外務大臣による「杉原千畝氏に対する名誉回復と謝罪」まで待たねばならない。「東洋のシンドラー」と評されたその人道的な行いについて、戦後の外務省はあくまで「カウナス事件」と呼び、最後までふたをし続けたのである。

 1986年7月、杉原千畝   ちうねは86年の生涯を閉じた。彼は後年自身の正義を証明する手記の発表や講演は行っていない。ばかりか戦後押し寄せてきた誹謗中傷や噂話しにも一切興味を示さなかった。そこにどんな思いが秘められていたのか――。

 

 午後2時から始まった 「日本・リトアニア友好の橋パーティー」にはヴィリニュスから日本大使代理も駆けつけ、またZippoライターの件でお世話になった松永氏もその列にいた。

 ホール中央には、積み重ねた机と段ボールでしつらえた「やぐら」が設置された。まるで安保闘争のバリケードそのものだが、全体を紅白幕で巻くことでどうにかそれらしく保たせた。

 大学総長や日本大使館のあいさつの後、参加者は両国の旗をうちわ代わりに持って「やぐら」もどきを囲むと、都はるみの『好きになった人』が野太く流れはじめた。

 ヴィリニュスから駆け付けた松永氏に続く列は彼の後ろ姿をコピーするうちに是正されていったが、それ以外は呪われていた。”誰がこんなひどい盆踊りを教えた!”といなるのを恐れ、俺は必死に日の丸の旗で顔を隠し、あるいは外国人のふりをした。ふと見やると、そんな中シモナ嬢だけは大真面目な顔でシャカシャカと手を交差させていた。


 地獄の盆踊りから解放されるとシモナ嬢はすぐに別室に走っていった。そしてマジシャンも驚くほどのスピードでリトアニア民族衣装に着替えてくると、再びホールを斜めに横切った。 そして自ら舞台中央に進み出るとマイクを取った。


「本日は両国友好パーティーにお集まりいただきありがとうございます。二つの国はとても離れていますが、杉原千畝が残した勇気ある行動を忘れずこれからも友好を育んでいきたいと思います。それでは両国の友情を祝いリトアニアの民族舞踊を披露いたします」


 軽やかな民族音楽が流れると、シモナ嬢は亜麻色の髪を振って軽やかに滑り出した。しかし無理やり並ばされたメンバーたちは、明らかに地獄の只中に放り込まれており、中には途中でほかのメンバーの足を踏んで転倒する者もいた。そのおかげでと言っては失礼だが、これでクソ盆踊り事件も帳消しになると俺は一人ほくそ笑んだ。


「――お疲れさまでした。盆踊りよりずっと素晴らしかったです」


 差し出したミネラルウォーターを受け取ると、シモナ嬢は「アチュラバイ!(どうもありがとう)」と笑顔を返してきた。民族舞踊は子供の頃から習っていたという。談笑するふたりの横を、不貞腐れたメンバーたちが目も合わさず過ぎていった。


「…いいんです。誰かに褒められたり、評価が欲しくてやったことではないので」


 周りに流されず黙々と正義を進められる人がここにもいた。彼女の目線の先には杉原千畝の大きなポートレートが微笑んでいた。

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