第47話 また会う日まで

「他に必要なものはありませんか?」


 ロザレス城の門の手前、メリナ姫がオレとルッカの荷物を見回しながら問いかけた。


「うん大丈夫! ケチャップもありがとう」


 ルッカはメリナ姫にもらったケチャップをリュックに詰め、ほくほく顔でお礼を言った。メリナ姫の最後の晩餐料理オムライスの味の再現に欠かせないのが、代々続く契約農家によって丹精込めて作られたトマトだけを使用した王家秘伝のこのケチャップらしい。るるの働くあのレストランにも教えてあげたいくらいだ。これでルッカの調味料レパートリーがまた増えた。


 リエールがノートを一冊オレに差し出した。


「これは?」


 片手でぱらぱらと中身をめくりながら尋ねる。時折『魔女』の文字が目に飛び込んでくる。


「王…あぁ、じきにメリナ様が王ですが、今はまだあの方が王ですね。その王があなたたちに渡すようにと。王が私の祖母を探すために集めた『欲しがりやの魔女』の情報が書かれています」

「ありがとう。ロザレス王にもお礼を伝えておいてくれ」


 ロザレス王は昨日のお祭り騒ぎで激しい二日酔いらしく、この別れの場には居なかった。礼を言うとリエールは切なそうに微笑んだ。


昨日、みんなにオレとルッカは『欲しがりやの魔女』を探しに旅立つと伝えた時に誰よりも引き留めたのがリエールだった。オレたちの身を心配してくれているのだろう。


るるが手を後ろに組みながら何気ない風を装ってこちらに近寄ってきた。なぜだか明後日の方向を見て言う。


「ロザレスに残っても良いのよ。住む場所と働き口くらいはどうにかするわ」


 とっさにルッカを見る。ルッカはリュックを背負い準備万端だ。るるに屈託のない笑みを向ける。


「るーちゃんならボクたちの気持ち分かるでしょ?目的を達成するまで進み続けるよ」


 オレは隣で頷いた。今回のドラゴン退治の件で、かえってオレは希望を持ってしまった。諦めなければオレの願いも叶うかもしれない。るるはオレたちを真っ直ぐ見据え、旅立つ意思が堅いと見るや、諦めたようにふっと微笑んだ。こちらを向いたまま後ろに片手を差し出す。


「リエール。ペンを貸して」


 はいという返事とともに手渡されたペンを、るるは弄びながらオレに近づき、右手の包帯にすらすらと文字を書いた。なんと書いたか確認しようと顔を近づけたオレの頬にるるが軽く口づけた。


「ひゃんっ」


 突然の心地よい感触に思わず情けない声が漏れる。一瞬にして身体中が燃えるように熱くなった。ぽーっとした頭を激しく左右に振り、慌ててるるを見やる。るるはといえば隣にいたルッカの頬にキスをしていた。


衝撃とともにオレは膝から崩れ落ちた。


「弄ばれた…」


 キスを終えたるるがルッカから離れて、不思議そうにオレを見下ろした。ルッカがその光景を面白そうに見ている。


「シンは知らなかったのか。ロザレスでは別れの挨拶に送る人が送られる人の頬にキスをするんだよ」


 ルッカの説明を聞いてホッとした。まだキスの感触が残る頬にそっと手をやる。


「そうなのか。とんだ『ふしだら姫』なのかと思ったよ」

「だぁれが『ふしだら姫』よ」


 しゃがみこんだままのオレのすぐ脇で鞭がぴしゃりとしなった。るるのペリドットの瞳が冷たく見下ろしてくる。オレは久しぶりのゾクゾクを満喫した。



 ◇◇◇



 オレとルッカはいつぞやのくまのぬいぐるまに揺られて森を走っている。ロザレス王からの「旅の助けになれば」という言伝を首から下げたこのぬいぐるまが、ロザレスを出国する際に、オレたちを待ち受けていたのだ。おそらくまだグロッキーでベッドに横たわっているはずの王に感謝感謝である。


「次はどこに行くんだ?」


 オレの問いに、前に座るルッカが「着の身着のまま旅行日誌」を開いたまましばらく唸っていたが急に閃いたらしく、本を見せながらこちらを振り向き、ニカッと笑った。


「ここにしようよ!」

「任せるよ」


 ルッカが行くところならオレは黙ってどこでも着いていくさ。そしてオレとルッカの願いが叶った暁にはハッピーラッキーランドを今度こそ堪能して、そしてルッカとまたロザレスに来よう。


オレは右腕に巻かれた包帯をじっと見つめる。自然と笑みがこぼれた。そこには彼女を思わせるサファイア色のインクで一言、こう書かれている。


「また会う日まで。るるより」

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着の身着のままラッキー・アンラッキー イツミキトテカ @itsumiki

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