第46話 よもすがら
パーティーは城内にとどまらず、王都をあげて盛大に執り行われ、パーティーというよりむしろフェスティバルと言っても良いくらいだった。色とりどりの花火が次々と夜空に打ち上がり、城内と城外を興奮という一体感で包み込んだ。
街の人々の中には、これが何の祝いの祭りなのかもよく分からないまま、酒に溺れ愉快に歌い踊っている者もいたに違いない。この日は国中の老若男女がただただ笑いあい、祝いあった。
お祭り騒ぎっぷりは城の中も負けてはいなかった。ロザレス城には女性が多く―なにしろロザレス王の妃が多いのだ―パーティーのためにドレスアップした女性陣がいるだけでその場が華やいだ。ロザレス王は数あるお妃たちの機嫌を取るために広間を縦横無尽に駆け回っていた。時折、女性の使用人にも機嫌を取りにいくのがいかにも博愛主義と名高いロザレス王らしい。パーティーの途中で、るるより年下の3人の姫たちが、壇上で急にリコーダーの発表会を始めたのが謎の時間だったが、たどたどしくも演奏し終えぺこりと頭を下げる彼女たちがあまりに可愛らしく、大人たちからの優しい拍手喝采が送られた。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去るものだ。パーティーは終わり、オレはハピラキうさちゃんのなりきりルームウェアに包まれ、ロザレス王に用意された個室で、いまだかつて見たことが無いほど大きなベッドの右端に横たわっていた。真ん中に寝る勇気がない自分の小物っぷりが悲しい。
ドラゴン退治からお祝いパーティーまで、思えば激動の1日で、疲れが相当貯まっているはずだったが、目は冴えまくり、自分には大層すぎる寝具の影響も合わさって、全く寝付けそうになかった。
カーテンを閉め忘れた窓から青白い月の光が部屋に差し込んでいた。さっきまでパーティーでどんちゃん騒ぎをしていた城と同じ城とは思えないほど辺りはぐっすり静まり返っている。目を瞑るとパーティーの賑やかな光景がすぐに瞼の裏に浮かびあがってくる。オレの人生の中でこれほど明るく、笑顔に包まれた日は無かった。
オレとルッカは明日ロザレスを旅立つことにしていた。るると出会って中断になっていたが、当初の予定通り、ルッカとオレの幸運と不幸を半分こにする方法を探す旅の続きにでるのだ。今までのオレなら、一刻も早く人や国から離れたいと思ったはずなのに、ロザレスの人や国と離れるのはなんだかとても寂しいものがある。
「はぁ」
無意識にため息が出てしまう。そのとき、部屋の扉をノックする乾いた音が響き、オレの返事も待たずにゆっくりと扉が開いた。
「シン、まだ起きてる?」
少しだけ開けられた扉から、髪を下ろしたるるが顔を覗かせている。慌てて体を起こし、軽く返事をした。
「うん、どうした?」
「ん? シン、どこに居るの?」
月明かりだけの部屋でるるがオレを見つけられずきょろきょろと見回して探している。オレは大きく手を振って存在をアピールした。るるがようやく気がつき、吹き出した。
「なんでそんな端っこにいるのよ」
「なんだか寝心地が悪くて」
「まぁ! 贅沢ね」
「それで? どうしたんだ?」
なかなか部屋に入ってこようとしないるるに問いかける。促されてようやくるるが部屋の中に入ってきた。ネグリジェ姿のるるは腕に枕を抱えている。その枕をぎゅっと抱きしめ、上目遣いでオレを見た。
「実は、私もなかなか寝付けないの…。一緒に寝ても良い?」
心臓はグンッと高鳴った。昔、本で読んだことがある。これは『夜這い』に違いない。
「いや、それは、だめ、じゃ、ないかな、るるさん」
人は動揺すると片言になるらしい。気持ちが落ち着かず執拗に左耳をこねくりまわす。少しだけ気が紛れる。
るるのことは初めて会った時から素敵だとは思っていた。だが、さすがに一国の姫に手を出す勇気はない。なにせこの大きなベッドの真ん中に寝る勇気すらないのだから。
るるが悲しそうにうつむいた。
「でも明日にはシンたち旅立っちゃうでしょ。次はいつ会えるか分からないし。これが最後のチャンスかもしれないから…」
女性からここまで言われたら断るのは野暮じゃないか?
るるだっていずれはどこかの国に嫁ぐのだろう。
だが、その前にロマンスの1つくらい合ったって良いじゃないか!
どうやら覚悟を決めなければならない時が来たようだ。
「分かったよ。ふつつかものですが…精一杯頑張りますっ!」
るるは少し不思議そうに首を傾げたが、すぐに笑顔になり、扉の後ろを振り返った。
「シンも良いって! 良かった♪」
「?」
首を捻っていると、扉の後ろからるると同じように枕を抱きしめたルッカがひょっこり現れた。当然、ルッカもハピラキうさちゃんのルームウェア姿だ。
「やったー! ねぇねぇ寝る前にみんなで大富豪しようよ」
そう言ってルッカはこちらに向かって走り、ベッドの真ん中に勢いよく飛び込んだ。反動でベッドの端にいたオレはふっとび、壁に顔からぶつかった。
「なぜオレばかりこんな目に…」
オレはよたよたと立ち上がり、ベッドのど真ん中であぐらをかき、楽しそうにカードを配るルッカを睨んだ。ルッカはオレが跳んでいったことにすら気がついていないようだ。るるがルッカの右手に座りどのカードの束が良いか狙いを定めていた。2人がふと顔をあげ、オレに笑いかけてくる。
「シン早く! 始めるよ」
「シンって本当に端っこが好きなのね」
明日になれば、るるともロザレスともお別れだ。だけど、しんみりしたってしょうがない。今はただ一緒に笑えるだけ笑おう。オレは2人の待つベッドに駆け寄った。
「絶対に負けないからな!」
思いのほか盛り上がった大富豪。オレは負けに負けた。
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