複雑な花言葉
麻城すず
複雑な花言葉
「あたし、煙草大っ嫌い」
また、始まった。
二十歳を越えて吸い出した煙草は、僕の中でまだ馴染んではいないが既に放せないものになりつつあった。仕事で苛ついた時なんかは特に。
だが人の部屋に入り込みゲームに夢中な我が妹は、酒もギャンブルもやらない僕の唯一の嗜好品がお気に召さないらしく、ちょっとでも口に咥えようものなら噛みつくように文句を垂れる。
「臭いし歯は黄色くなるし、ビタミンCは取られちゃうし、気管は狭くなるし麻酔は効きにくくなるし、お金はかかるし肺癌のリスクは高まるし副流煙で疾病幇助だし!」
右から左に受け流し、構わず先に火をつけて肺の奥まで煙を吸い込む。……旨い。
「聞いてよー」
すねたように、顔の横に垂れる髪の一筋を指に巻き付けこちらを上目遣いに見る仕草。
「んな顔されても気持ち悪いし」
「ムカつく! あんただって気持ち悪いっつーの。っていうかねぇ、トモ君は可愛いって言ってくれたし! そんなんだから彼女が出来ないんだよ」
彼氏の前では猫かぶってんだろ特大のやつを、と言えばまた騒ぎ出すだろうと思い黙っていた。大人だからね。
「あーあ、絶対髪の毛煙草臭くなってる。今からトモ君来るのにどうしてくれんのよー」
「人の部屋に来るからだろ。自分の部屋に行ってろよ」
「だってあたしの部屋じゃゲーム出来ないんだもん」
お前がいたら俺だって出来ねーよ、とは言わない。大人だから。……大人って損だな。
「つーかほんと煙草やめてよね。吸ってるやつの人格疑うあたし」
「お前に疑われたって別に」
ピンポンと軽い音が響き、来客を告げる。同時にはじかれるように立ち上がり、玄関に向かってものすごい早さで駆けて行く妹。
使ったゲーム、片付けて行けよと思いながら腰を上げると部屋のドアを叩く音。妹ではない、確実に。
「誰……って、ああ知紀君」
妹の男が目の前にいて、肝心の妹は僕から目を逸らしてその後ろに立っていた。
「あの、灰皿予備あったら貸してもらえます?」
「吸うっけ?」
「最近、旨さが分かって来たんですよ」
灰皿を探しながらそんな会話を交わし、妹にニヤリと笑う。
「そうか、知紀君もスモーカーか。臭いし歯は黄色くなるし、ビタミンCは取られるし、気管は狭くなるし麻酔は効きにくくなるし、金はかかるし肺癌のリスクは高まるし副流煙で疾病幇助だし、やめたほうがいいよなあ、な、ハナちゃん?」
「お兄と違ってトモ君には愛があるから許せるの!」
そうかそうか、恋する乙女は複雑なことで。知紀君には特大の灰皿を渡し「人格疑われないよう程々にね」と言ってやった。
複雑な花言葉 麻城すず @suzuasa
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