4 記憶

 「海に行く 楽しかった」

 

 「明日は船に乗って遠出しよう」


 「紅葉きれいだね……」

 

 「雪だよー! 雪降ったあ!!」


 「今日も楽しかったなー……ほかに行きたいところは?」


 


 「もう十分だよ」












 ピ……、ピ……、ピ……、ピ……。

 楽しい時間が過ぎるのは、あっというまで、切ない。

 少し前まで一緒に笑ってたのになあ。どうしてこうなっちゃったんだろうね。

 ……私のせいか。

「すざくん」

 名前を呼んでみる。もう、目覚めることは……ない、かもしれない。でも、それでも、ここで待っていることを伝えたくて、名前を呼んでしまう。

 ピ……、ピ……、ピ……、ピ……。

 すざくんが意識を失って、半年が過ぎる。

 記憶が限界を超えてもたまり続け、すざくんの記録する部分が、破壊されてしまったそうだ。

 彼は今、辛いだろうか。苦しいだろうか。寂しいだろうか。

 毎度毎度、そう思って、自分が悲しくなっている。

 

 ガタ。

 ドアが開く。

 私以外、この時間に来ることは今までなかったのに。

 振り返って、思わず驚きの声をあげてしまう。

「こんにちは。三門さん」

「……宇藤くん……え、どうして……」

「とりあえず、これ、見てくれません?」

 久しぶりの言葉も、元気かどうかの言葉もなく、宇藤くんは、ただ私に、分厚い資料を突き出してくる。

「え……何、これ」

「『記憶の移植』。記録欠如病で意識不明の人間に、他人の記憶のスキマを与えることで一時的に記録の機能を取り戻し、記憶することができる……俺の研究です。これで……」

 宇藤くんは、すざくんを指さして、希望を口にした。

「彼と、一時的に、話をすることができます」

 それだけ言うと、宇藤くんはそのまま私たちの前から去ってしまった。

 

 これは、夢、だろうか。

 確証はない……けど。

 信じる価値は、あるかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

タイムレコーダー 三草きり @climate

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ