メダカの夏
風物詩
メスが水草に生みつけた翌日。
メジロのつがいみたいに、離れていてもすぐ合流して、ほぼほぼ二匹で泳ぐ姿しか見かけない蓮の鉢のメダカたち。
だが、その日の朝はオスが一匹で泳ぎ回っていて、やがて私を見つけてエサくれるーきっとくれるー(来ーるーきっとくるー)と水面に浮かんで来る。
なんで一匹なの、こわいよ、メスどこよ、連れて来てくれよ。
二匹で蓮の葉の下にしけこんでることも多く、指で葉をスライドさせると、葉陰とともに横移動するくらい器用に隠れるのだが、そんな時でも二匹は一緒に行動している。
メスはどうなっているんだ、と思いながら、無事な姿を見るまではエサやってる場合じゃないよと、オスを待たせていたら、水草の下で何かが暴れている気配がした。
メスか? そこにいるのなら、なんでオスはここにいて追いかけないんだろ。
そのうちお腹に卵を抱えたメスが現れたので、爪楊枝ですくったエサを水面に撒いた。
ガツガツ食うメダカ、最近は毎日産卵しているせいか、メスは大食漢になりつつある。
食事の途中でまたホテイアオイの下に隠れるメス、と、ホテイアオイが震えた。
見ると、ホテイアオイの株の隙間に、打ち上げられたフグみたいに腹を見せたメスが、ぶるぶる痙攣を起こすような激しい動きで、腹の卵を移そうとしている。
必死だ。
他に方法ないのか!? と心配になるくらいの力技だ。
オスはある種のスイッチが入った状態のメスには関心がないのか、暇そうに遊泳していて、メスのいる水草に近づく様子がない。
しかし、エサに戻ったメスが食べるのに夢中になってる時に、何気なくホテイアオイの下に潜っていくオスの姿が。
水草からメスが離れてから行動するというタイミングも、メスから離れて泳いで行くことも、変だなと思った。
なかなか出てこないし、メスはしきりに水底をつついていて気付いてない。
卵食してるのか、卵食なのか、それとも受精か、気のせいか、どっちなのだろう。
ようやくオスを発見した彼女は、瞬間、すごい速さで身を翻して一直線に追いかけて行った。
まるで、ホテイアオイに誰も近づける気がないような、神経をピリピリさせた感じだった。
もし、メスに嫌われたらこの先どうなるんだろう。若干、びちびち卵を生みつけてる彼女に、引いてるようにも見えたし。
がんばれ、オス!
心もとない姿に、届かないエールを送った。
産卵するかしないかの主導権は、メスの方にあるらしいが、しじゅう産めよと促してくるオスのプレッシャーというものもあるようだ。つがいではなく、一夫多妻がよいというのは、そういうことでもある。
元来、メダカは穏やかな淡水魚だ。
例外になるのは、本能によってスイッチが入った時。メスはオスが登場した時もそうだったが、テリトリーを侵されるとキレる傾向にある。
彼女には彼女の職分があって、誰も邪魔してはいけないようだ。
人間でいう親しき仲にも礼儀あり、に近いような違うような。
蓮の鉢でつがい状態の二匹は、気にしないメスと空回りするオスの間で、ふだんは均衡を保っている。
オスは何かを悟ったらしく、それからメスを自由にしておく時間が増えた。距離感を知ったらしい。
いつもひっつきもっつき併走水泳していた彼らが、離れたり合流したり猫の挨拶みたいに、わりと気ままに過ごすようになった。
それは、余裕がある姿に見えた。安定した空気が流れるようになったのは、脅かすものがないからだが、互いの存在や関係を通じてそのことを見つけたのはメダカたちだ。そう感じて、私は産卵に関することから手を引くことにした。
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