~七夕~


今日もこの農園で、しがない一日が始まり、そして終わる。


なんの代わり映えもしない日々。


餌をやり、水をまき、収穫し。美味しい恵みと、愉快な動物たちに囲まれて、毎日が楽しい。


私はここが好きだ。都会と違ってお洒落で、素敵なお店や流行に優れたものはないけれど、気持ちのいい自然と、澄んだ空気に溢れている。


私はこれでいい。


そういって自分を肯定して、前のように変わっていくのが、怖いだけなのかも知れないけれど。


私には好きな人がいる。小さな頃から大好きで、いまでも私の大切な人。


やんちゃで、臆病で、意地っ張りで、強がりで。不器用だけれど、すごく優しい君。


君との出会いは幼稚園。家も近所で、仲良くなった頃にはいつも一緒。


最初はお友達。次に幼馴染。そして次第に、大好きな人へ。


幸い片思いじゃなくて、君も好きだって言ってくれて、私の人生はいつも明るく輝いていた。





けれどそんな日々は続かなくて、高校卒業と同時に、君は上京すると言った。



理由は分かっていた。この片田舎はいい働き口なんてなくて、私や家族を考えての事だって。だから私は止めきれなかった。


家の事もあって、ついていくことも出来ず。


それからというもの、私の心はポッカリ穴が開いていた。君という大きな存在を失って。


見上げる空は青く澄んでいる。けれど、その色彩が薄くはかなげで。


お見合いや紹介もあった。けれど私はそんな気にはなれず、すべて断った。


そして今日も独り、小川のほとりにある、青い笹竹に短冊をくくる。


「早く君に会えますように」と願いを込めて。


ふと見上げるとそこには、満天の星々が、かげった心を救おうと、


視界を埋めつくすようにして、私を照らしてくれている気がした。



そこに一筋の流れ星。夜空の二人は会えたのだろうか。


そう羨ましくも感じて、独り哀愁あいしゅうに浸る。


「私も……りょう君……」


溢れそうになる涙を堪(こら)えながら、


そう呟いた時。ふと後ろから声がかかる……。






ひなた……ごめん。遅くなった」


振り返れば見覚えのある君の顔。優しくて、泣きそうで、けれど強がっている。そんな顔。


「涼君……。たまには連絡してよ……」


駆け寄る私と、抱きしめようと手を伸ばす君。唇が触れ合うまでの時間は一瞬。


名前に似合わないその温かさが、肌を通して私の心を満たしてゆく。


二人で見上げた夜空には、こぼれ落ちんばかりの川をした星々が、私たちを包み込むようにして輝いている。


「綺麗だ。陽も空も」


そう呟く君に、私は赤くなる顔を隠しながら、手に持つ短冊を差し出す。






「お一つどうですか?」と。


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「お一つどうですか?」 はなのまつり @hanano_matsuri

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