「お一つどうですか?」
はなのまつり
~霞空~
今日もこの会社で、しがない一日が始まり、そして終わる。
なんの代わり映えもしない日々。
夢を追いかけ、田舎を飛び出したあの頃を、懐かしく思う。
すみません、すみませんと、下げたくない頭を下げ、
毎日同じ作業の繰り返し。
希望? 期待?
自分を殺して、見ない振り。
上京してきて知った事実。ここはあまり星が見えない。
涙をこらえようと上を向いても、
僕の心もあの空のように、暗く妖しくかげっていて、なにも輝くものはない。
そんな時僕は、ごまかすように、まやかしのように、君の顔を思い浮かべる。
屈託のない笑顔で笑う君は、いつも太陽のようで、見ているだけで、嫌なことを忘れさせてくれた。
そんな癒しの存在を、僕はおいてきた。立派になって帰ってくる、そう言い残して。
引き留め、一緒に行くと泣き叫ぶ君を気にも留めず、若気の至りか、そんなの甘えだと、格好をつけて切り捨てた。
今更君を思い出すなんて、女々しいどころの話じゃない。
僕はただのエゴイスト。
言った手前、引っ込みがつかなくて、強がって、意地を張っているだけの子供だ。
あんな素敵な女性を、誰もほっとく訳がない。
そうだ僕が帰ったところで、迎えに行ったところで、迷惑でしかない。
そう打ちひしがれる僕を尻目に、街は今日も賑やかだ。
コンクリートやアスファルトに混じって、青い笹竹が店先に並び、色取りどりの短冊がそれを彩り、子供たちの楽しげな声がそれを飾る。
幸せなそう声達は、今の僕にとって苦痛でしかない。
早々に立ち去ろう、そしてまた独り眠りに落ちよう。
そう思った時。
「お兄さんも、お一つどうですか?」
掛けられた言葉に反応し、伏し目がちだった視線をそちらに向ける。
そこにあった……いや、居たのは、
屈託のない笑顔を作り、短冊を差し出す、浴衣姿の女性。
しっかり見れば似てはいないのに、その雰囲気が、その笑顔が、
自分の中の君にそっくりで、ついそれを投影してしまう。
「
「えっ?」
現実に引き戻された僕は、途端に恥ずかしくなり、お詫びも言わず走り出す。
それだけじゃなく、もう色々と限界だったのだろう。
君に会いたい気持ちがあふれ出し、僕の心をかき乱していた。
フラッシュバックする、君との思い出。それが脳裏に焼き付いて離れない。
そして僕の足取りは、家にではなく、駅の方へと向かって行った――
新幹線の車内、僕は独り目を閉じて、心で呟く。
「早く会いたい」と。
あの日君と見た、
星降る満天の夜空に、思いを馳せながら。
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