第20話 決着、そして――

 蓮司は本気を出していないと言ったが、実のところ、時を止める魔法とブラックホールを生み出す魔法は、蓮司にとって最強の魔法だった。ゆえに、これを上回る魔法なんてないから、冷や汗が止まらなかった。

 杖を握ったまま動かない蓮司を見て、次郎は眉をひそめる。

「どうした? 本気を出していいんだぞ?」

「ああ、言われなくてもやってやる」

 蓮司は次郎に杖を向ける。

(さっき、魔法が利かなかった理由は油断していたからだ。だから、次は決める!)

 蓮司は気合を入れて、呪文を唱えた。

「”時よ、止まれ”」

 蓮司を中心に、世界が灰色に染まる。時が、止まった。ゆらめく炎も、空に昇る黒い煙も、何もかもが停止し、その世界で動けるのは、蓮司だけ――のはずなのに、やはり次郎は平気な顔で立っていた。

「なぜ!?」

 驚愕する蓮司に、次郎は困り顔で答える。

「と言われましても」

「くそがっ!」

「”終焉の黒ブラックホール”」

 再び次郎の空間がゆがむ。しかし――、

「”強制終了キル”」

 次郎が杖を振ると、歪みが消えかかる!

「負けるかよ!」

 蓮司は眉間に力を入れ、魔法の威力を上げた。曲がり始める空間。次郎の魔法を打ち消す力に対抗し、空間が渦巻く!

(いけるぞ!)

 蓮司が確信したときだった。

「ぶふっ」

 と蓮司は吐血した。蓮司の力に体が耐えきれず、悲鳴を上げた。それでもなお、根気を振り絞って、魔法を続ける。

 そんな蓮司を見て、次郎は察した。

(もしかして、これ以上はない?)

 だとしたら、早急に止める必要がある。次郎は力強く杖を振った。

「”強制終了キル”」

 ガラスの割れる音がして、空間の歪みが消えた。と同時に、蓮司は大きく目を見開き、大の字で倒れた。

「おい」

 慌てて駆け寄る次郎。蓮司に治癒魔法をかけるために杖を向ける。

「はっ」と蓮司は笑う。「そのまま、俺を殺せ」

「いや、治すつもりなんだが」

「治す、だと? お前は俺を殺しにきたのでは?」

「違うけど。これを返しにきたんだが」

 次郎がハンカチを見せると、蓮司は驚いてから、苦々しい表情で顔をそらした。

「いらねぇ。てめぇの治療もそのハンカチも」

「でも」

「いらねぇと言ってるだろ!」

「……わかった」

 まともに相手をするのも面倒なので、次郎はおとなしくハンカチをひっこめた。

「というか、お前のその制服……」蓮司は次郎の制服に気づき、瞳が曇る。「そうか。なるほどな、わかったぞ」

「何がわかったの?」

「氷室は俺よりも強いやつを見つけたから、べつの学校に行ったんだな」

「それは違うと思うよ。だって、俺が氷室さんと会ったのは、一週間前だし」

「なら、なぜ」

「あんたの横暴な態度が気に入らなかったんじゃないのかな」

「横暴な態度? ああ……」蓮司は察したように目をつむる。「ああするしかなかったんだ。俺を肩書だけで判断する馬鹿どもを黙らせるには」

「……なるほど」

 肩書だけで判断する馬鹿ども。次郎はその言葉の意味するところが、何となく想像できた。

「……早く、どこかに行け」

「えっ?」

 蓮司は上体を起こして、次郎をにらんだ。

「もう用は済んだろ」

「ああ、まぁ、そうだけど」次郎はハンカチと蓮司の顔を交互に見て、ハンカチを差し出した。「これ、顔を拭くのに使ったらいいんじゃないかな」

 蓮司は舌打ちして、ハンカチを受け取り、顔をぬぐった。

 ハンカチを返したので、やることはなくなった。だから次郎は、踵を返し、喫茶店に戻ろうとした。すると、その背中に声がかかる。

「ちょっと待て」

「何?」

「なぜ、お前ほどの男が、無名なんだ」

「なぜ?」

 次郎は考える。理由は一つしか思いつかなかった。

「周りに見る目がないからかな」

「……そうかよ」

 蓮司がさっさと行けと手を振るので、次郎はその場から離れる。爆発のせいで、めちゃくになった工事現場を見て、次郎は思う。

(これ、俺が怒られるのかな?)

 そんなことを考えながら、黒焦げになったコンテナを曲がったところで、「あっ」と驚きの声を上げてしまう。神妙な顔の恵麻が立っていたのだ。

「いたんだ」

「ええ、まぁ。あなたが、あいつを追いかけたと聞いて、爆発も起きたし。でも、倒してしまうなんて、さすがね」

「まぁ、うん」

 恵麻はコンテナの向こう側を気にしているように見えた。

「気になるの?」

「べつに。あいつのこと、嫌いだし」

「……でも、あの人もいろいろと思うところはあったみたいだよ」

「だからと言って、彼のしたことが正当化されるわけじゃない」

「確かに」

 恵麻はくるっと背を向けた。

「さっ、帰りましょう。喫茶店に荷物を置いたままだよね?」

「そうだな」

「……ありがとう」

「えっ?」

 恵麻が歩き出した。次郎は戸惑う。何に対する感謝なのか、よくわからなかった。しかし質問するのも無粋な気がしたので、黙って歩き出した。


☆☆☆


 ある日の放課後。いつもの喫茶店で、次郎はコーヒーを飲んでいた。その隣には、花代の姿もある。今日は、部活動の様子を見るために、花代も喫茶店へとやってきたのだった。

「素敵なお店ね!」

 と花代は上機嫌である。

「ありがとうございます」

 恵麻は複雑な表情で答える。担任ではないが、三者面談みたいになるから、花代の来訪は快く思っていなかった。だから父親に裏で作業をさせている。

「恵麻ー。ちょっと来てくれ」

 そんな父親に呼ばれ、恵麻は裏へ行った。

 恵麻がいなくなってから、花代はにこにこした表情を次郎に向ける。

「で、恵麻ちゃんとは仲良くなれたの?」

「前よりは」

「聞いたよ! この間、二人でデートをしていたんだって?」

 次郎は飲みかけていたコーヒーを思わず吐きそうになって、必死に堪えた。にやにやと意地の悪い笑みを浮かべる花代に、批判的な目を向ける。

「してませんし、どこ情報ですか?」

「えぇ、でも、クラスの子がいっていたよ?」

「あれは違いますよ。彼女の妹もいましたし」

「ふぅん」

 次郎はバツが悪そうに顔をそらした。

「ま、次郎君がちゃんと楽しめているようで、先生は何より!」

「だから、べつにあれは……」

「ね? あのとき、先生の言う通りにして良かったでしょ?」

 自信満々の花代を見て、次郎は癖で否定の言葉を言いそうになった。しかし、花代のおかげで、最近は、そこそこ学校生活を楽しめている。だから次郎は、照れくさそうに「えぇ、まぁ」と答えた。

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周りの見る目がないせいで不遇な扱いを受けていましたが、どうやら俺は最強みたいです。 三口三大 @mi_gu_chi

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