腹襲の終着駅

七乃はふと

腹襲の終着駅

 揺り籠のように規則正しい振動に揺られていた私は、汐帆シホに呼ばれて目を覚ます。

「お母さん。大丈夫?」

 汐帆が心配そうに覗き込んできたので、マスクの下で微笑んだ。

「大丈夫よ。ちょっと風邪ひいちゃったみたい」

 言葉を出し終えると咳が出た。

 マスク越しとはいえ、汐帆に感染うつさないように気をつけないと。

「今日は早めに休んで。家の事はわたしがするから。ね?」

 頷いて汐帆の好意に甘える。

 今日は汐帆の三者面談で、希望の大学に進学できる可能性が高いと担任の先生が教えてくれた。

 体調は悪いが、自分の事のように気分は晴れやかだった。

「ありがと。大学入試受かったら、一人暮らしね」

「……うん」

「今度のお休み、何処かにお出かけしましょう。汐帆の好きなもの沢山買ってあげるわ」

「うん! わたし行きたいお店があるの!」

 汐帆は嬉しそうに頬を赤くして、両手を顔の前で合わせた。

 私もつられて笑うが、また咳が出て幸せな時間が中断されてしまう。

 汐帆が声をかけてくれるが、中々収まらない。

 まるで、肺の奥から何か飛び出してきそうだ。

 背中をさすってもらったおかげで咳は収まるが、体の中から凍っていくように悪寒が止まらない。

 なのに、もの凄い空腹感が襲ってくる。栄養が足りてないのかしら?

「お母さん。駅に着くまで寝てたら?」

 汐帆が提案する。

「着いたらわたしが起こすよ」

 降りる駅は終着駅だから乗り過ごすこともない。

 私は汐帆の提案を受け入れて瞼を閉じて身体を休めることにした。

「おやすみ。お母さん」

 最初は寒さに震えて眠れそうになかったけど、汐帆に手を握られた途端悪寒が収まり、私は闇の中に落ちていく。


「いやあ! お母さん!!」

 汐帆の喉が裂けんばかりの悲鳴で私は覚醒した。

 隣に座っていたはずの汐帆の姿がない。

 辺りを見回すと、電車は駅に着いたのか停止している。

 窓ガラスが全て割れた車内には、細かなガラス片と数人の仲間が血を流して倒れていた。

 汐帆の姿を探すと、数人の男に手を引っ張られていくのを視界に捉える。

 あいつら。汐帆をどこに連れていくの。

 その怒りで全身の血が沸騰したように熱くなり、悪寒が消え去った。

 私は駆け出し扉をこじ開けながら追いかける。

 途中息苦しくなってきたので着けていたマスクを剥ぎ取った。

 倒れたまま動かない仲間を飛び越えると、先頭車両がすし詰め状態になっている。

 どうやら仲間達があいつらを足止めしてくれているらしい。

 私はその機を逃さずに先頭車両に踏み込む。

 あいつらの一匹が私に気づいて鞄で殴りかかってきた。

 肩に当たるも痛くもなんともないので、そいつを力一杯押し除け、割れた窓から外に落とす。

 見つけた。

 よほど怖い目にあったのだろう。汐帆は大きく目を見開き涙を流して私を見上げていた。

 さあこっちよ。

 手を伸ばすと払い退けられた。

 汐帆が半狂乱になって叫んでいる。

 何故? 私を怖がっているの?

 そんなわけない。いきなり連れ去られてパニックになっているだけだ。

 私は汐帆の肉付きの良い二の腕を掴んで電車から降ろした。

 電車にいるあいつらは仲間達に任せて、汐帆を引っ張っていく。

 お手洗いを見つけたのでそこに二人で入った。

 思った通り、外の喧騒から隔離されている。

 これで存分に堪能できる。

 私は汐帆を床に押し倒す。

 汐帆は赤ん坊のようにいやいやと首を左右に振りながら後退るがすぐ壁に阻まれた。

 その時高校の制服の裾がめくれ彼女のお腹があらわになる。

 私の目が涙を流したまま釘付けになった。

 電灯に照らされた肌はシミひとつなく、大きく息を吸ったり吐いたりするたびになだらかに隆起している。

 思わず両手を置くと、程よい脂肪の弾力とその内に眠る内臓の温かさが堪らない。

 口を開くと涎が零れ落ち、目の前の柔らかい肉が一層艶かしく魅えた。


 目覚めるとわたしは女子トイレにいました。

 いつの間に寝てしまったのか記憶がありません。

 確かお母さんと電車に乗っていたはずなのに……そうだお母さんは?

 お母さんの姿を探すも、赤いソース塗れのトイレに姿はありませんでした。

 探す為に立ち上がって歩き出すも、一、二歩歩いただけで全身から力が抜けるようでした。

 お腹すいたな。

 クレーターのように空洞になったお腹を撫でながら駅に出ると、お母さんはすぐ見つかりました。

 もう、お母さん置いてかないでよ。

 お母さんはこちらにお尻を向けて床に這いつくばり、一心不乱に顔を動かしています。

 ずるい。ご馳走独り占めにして、わたしにも頂戴!

 隣に座り込むとやっと気づいてくれたのか、食事をしていた母さんが口に何か加えたままこちらを向きます。

 加えていたのは赤い腸詰めで、それを前歯で噛み切ると奥歯ですり潰しながら何度も咀嚼しています。

 それを見てわたしの口内に唾が溜まっていきます。

 一緒に食べてもいい?

 怒られるかと思ったけれどそんな事もなく、お母さんは赤いソースで真っ赤に染まった口を大きく動かして肉片が挟まった歯を見せました。

 無性にお腹の空いていたわたしは、お母さんと同じようにご馳走に顔を突っ込んで無我夢中で口を動かし続けます。

 二人で噛みつく度に、新鮮なご馳走はピクピクと痙攣していました。

 先生ごめんなさい。

 本当は大学になんて行きたくなかった。

 だって大好きなお母さんと離れ離れになってしまうから。

 だから大学には行きません。

 これからは、お母さんと二人で、世界中にある数十億ものご馳走を食べる旅に出かけます。


 ーお・わ・りー

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