最終話 廻る世界と小さな贈り物

 世界はぐるりと回転する。


 天下人選定のシナリオの前に、魔王討伐のシナリオへと。


 過ぎたる力は恐れられ、賢者は愚者へと堕ちていく。昨日までの敵同士が同志肩を組み、裏切者は埋伏の毒であったと悪びれることなく立ち上がる。罪と言う罪が集束する。魔王討伐と言う免罪符が全てを正当化するのだ。そして、怨嗟の声は魔王へと。


「ははははははははははははは!!!」


 笑いが止まらない。泣きたいと思えば思う程に笑いが止まらない。

 目が覚めた時には安土が燃えていた。城下も燃えていた。空が赤くそまり、琵琶湖もその赤を映すのだ。


「魔王織田市だって! ふざけるなって話よ! 今更? 年をとらない妖だって! そんなの自分でも分かってるし、アンタらも見て見ぬ振りしてたよね! 美しいとかなんとか、最初は気味悪がっても、権力の側に居るから最後にはすり寄ってきたのアンタ達じゃん!」


 誰もいない天守に登り、思いっきり叫ぶ私。

 そう、私が身体の主導権を握っている。何故か、市の存在も馬鹿クレオの存在も感じない。ふざけないでよ!! どうして、こんなになっている時に1人なのよ!!


「つーか、ふざけんな!! 勝家! なんでお前が秀吉の傍に居るんだよ!! 夫が裏切るなよ!!!」


 私の目には見える炎を囲んでいる軍勢の一人一人の顔が。

 何故だかなんて、どうでもいい!!

 そんな事より、見える奴が気に喰わない!!


「くっそぉー!!!」


 ああ、涙で景色がボヤけて見える。

 なんもいいことなかったし、まともに暮らしたのって軟禁生活の時だけじゃん!

 馬鹿にして!!!

 こんな人生認めないぞ!! 絶対絶対、認めない!!

 秀吉も勝家も呪ってやる!!

 その他もモブ大名も全部全部ボッコボコにしてやるからなぁーーーーー!!!


「口に出そうとしてもこころの叫びになっちゃうのって、職業病というか、今までのくらしのせいじゃん!! もうやだ! 私の私だけの人生をやり直させて!!!」


「神様のばかー」


《馬鹿とは散々な言われようじゃな。天照とオシリスにせがまれて来てみれば――いや、来て正解であったようじゃな。哀れな迷い子よ》


 え?

 なに?

 頭に声が響くんですけど!?

 もう煙にやられて私おかしくなっちゃったの?


《半分正解じゃな。もっとも煙のせいではなく、お主の魂の在りようのせいではあるがな》

「魂の在りよう?」


 思わず聞き返しちゃったけど、なんなのコレ?


《そう慌てることもなかろうよ。燃え盛る城に入って来る酔狂な輩などいる筈も――少ないだろうて。1つ質問じゃが、お主、自身の名は言えるか?》

「……忘れたわよ、そんな昔のことなんて!」


《ほう、知らない、言えないではなく忘れたと?》

「そんなのどっちだって同じでしょう!」


《確かにの。本人にとっては同じともとれるが、ここでハッキリさせておこう。お主の半身ならぬ魂を共にする者達の努力を知らぬのは良くないのでな。お主は無数の魂の欠片の集合体、本来であれば刹那の自我の目覚めの後に消えゆく存在であった》

「!? そ、そんなの出鱈目よ! 私は死にかけてるけど、此処に居るわ! 現代人だって思い出もあるのよ! ゲームだって知ってるし、歴史だって知っているわ!」


 私に中の何かが警鐘を鳴らす一方で、私の中の誰かが、落ち着きなさいと定めてくれている気がする。


《お主の魂は今、バラバラになったジグソーパズルのピースを掻き集めて、カプセルトーイのように二つの魂で形成されたもので覆われて辛うじて魂の体を成しているにすぎぬ。二つの魂に心当たりがあるのではないか? かの者達は最早自我などないが、それでもお主を案じている残滓を感じ取れる》


「二つの魂?」


 思い当たる節がある。当然だ、この人生においていつも一緒に居たのだから。そして、一番弱い私が何故、今表で存在し続けていられるのか考えれば、馬鹿でも気が付く。


「ま、まって! 3分の2じゃないの? 私達は1人の人間に存在していたのだから、魂は3等分よね? 確かに、私が3分の1かって言えば怪しいけど……」


《残念ながら違う。異界の神か他星の神か、はたまた並行世界の我なのかは特定できぬが、1人の中に3つの魂が押し込められていたのだよ。そのような非道が通るのは神自身の管理外だからこそじゃ。そして、生命を維持するには人の身に余る大きな力を吐き出すしか道はなく、通常であれば行使する術などありはしないのだがな》


 私は焦がされようとしている身よりも、自分が生かされて来た事実に背筋が凍る。自分が深層にいる時間の長さも妬んだ力も全ては私の為だなんて知らなかった。知ろうともしなかった。都合の良い事実を作り上げのうのうと今まで生きて来た。


《打ちひしがれているお主に追い打ちをかける訳ではないが、当然、人は1つの魂で成り立っているのだ。3人でも無理、2人も無理であろうと分かっておるよな?》


「!!!!!!!!!!!!」


 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。


 馬鹿クレオだって揶揄っていたあの子が死んだのは私のせい?

 でも、何もあの子は言わなかった。今の状況を作り上げたのが2人のお蔭なら、あの子は知っていたのに。顔は見えないけれど、揶揄っても、そこか『仕方がないなぁ』って少し上から目線でお姉さん気取りなあの子に私は――。


《ほう、この魂の揺らぎさえ抑えて見せるのか、オシリスの愛し子よ。それを支える天照に見初められた子もまた揺らがぬか……一つを壊して残りを救えば楽なものじゃと思っていたが、これは厄介極まりない》


《これはこれは、天照もオシリスも怒りを抑えよ。それでなくともお主達の異なる波長を纏めるのも面倒臭いのだ。少しくらい手抜きを試みてもよかろう?》


《その方らの現世への影響力も考慮してやったのじゃぞ? では、神々の力を今後数百年において減衰させることを代償に、この者達の手助けし物語の終焉としよう》


《我が願う》


《我が担う》


《我が導き》


《子らが良き夢を見ることを》













――とある世界のとある時間軸


「ありがとうございましたーーー」


 黒髪のポニーテールが大きく揺れる。作業着には油汚れがべったりだ。軍手と工具を片手に近所から信頼ある工房の主である少女はいつも笑顔を絶やさない。


「まぁた、川向こうの源さん? あの人って、バイク壊しすぎじゃない?」

「仕方がないよ、あのバイク年代物だもの整備してても限界あるしって、クレオ姉さん。起きたの?」


 黒髪に一房の金髪が混じるくせ毛のショートカット美女が、作業着の少女の背後から声を掛ける。本当のくせ毛なのか、万年寝癖なのかは近所でも賭けの対象になるくらいには誰も真実をしらない。それでも人気があるのだから美人は得だと作業着の少女は思っている。


「南、仕事なのは分かるけど、寝ていられないような音を出さないで欲しいと思うのは罪かしらぁ? 私帰って来たの明け方前なのよぉ」

「いやぁ、ごめんね。そんなつもりはなかったんだけど。じゃあ、起きたついでに朝ごはん一緒に食べよ、ね?」

「もう……そんな笑顔で言われて断れるわけないでしょう。南、ちゃんと手を洗ってきなさいよ。今日は私が朝食作ってあげるわ」

「やったぁ!! クレオ姉さんのご飯久々だ―!」


 工具の片付けもほどほどに少女店主の南は洗面所に駆け出していく。取り残された姉のクレオは溜息を吐きながら、作業場を抜けて店頭に【準備中】の置き看板を出した。



「まったく下町の朝は早いわね。そうは思わない? クレオ」

「っ!?」


 看板を出し終えて戻ろうとするクレオの背後から声がかかる。先程まで人の気配など微塵も感じなかったのにと驚いて振り向けば、飽きる程に見飽きた顔があった。占い師なんて因果な商売をしているクレオにしてみれば、人の気配を感じ取れないのは二流だと思っている。そして、超一流を自負する自分が気配を感じ取れない人物の1人だった。


「市姉様、驚かせないで欲しいわぁ。出張は今日までで帰りは明日だったわよねぇ?」

「雑事はあいつに任せたわ。やるべきことは済ませた、それだけ。何より可愛い南に逢いたくなったのだから仕方がないでしょう?」

「私はいいのだけれど、秘書が社長をあいつ呼ばわりというのは……」

「どうして? 私の仕事は日々のスケジュールの管理だし完璧よ。そもそもどうしてもと泣きつくからやってあげてる仕事よ? 私の本業は、南の工房の財務担当よ」


 タイトスカートではなく、パンツスタイルのスーツなのは市の好みであるとクレオは知っている。まあ、好みと言うか、女らしいというか、それ系の服装は妹の南とのお出かけの時にしか畿内というのが真実だ。腰まで伸びる長い黒髪は離れていても艶やかで見とれる程美しい。同性だからこそ嫉妬をしてしまう髪質で、体形も完璧と来ればどこの女神なんだと言いたいクレオである。


「……胸は私が勝ってるから」

「クレオいきなり何を言い出すの? 馬鹿なの? 南にいくら好かれてるからって調子にのっているなら――捥ぐわよ?」

「ひぃっ! ご、ごめんなさい。そういうのではないですぅ。それよりも、今日は私が朝食当番で、南と一緒に取るので、お姉様もどうでしょう?」


 市がポキポキと指を鳴らしてクレオに近づくが、クレオが後ずさりながら話題を変える。捥ぐと言いながら、思いっきり殴るのではという雰囲気を醸し出しながら、いい笑みを浮かべる市は少し怖い。あと、市の名誉を守る為にいうのであれば、クレオが92で市が86なので決して市が小さいと言う訳ではないのである。


「それを先に言いなさい! クレオ、さっさと準備なさい!」

「私も堅苦しい格好から着替えた後に、南成分を補充してから向かいます」


 小型のキャリーバックをクレオに投げ渡し、工房兼家に駆けこんでいく市だった。遠心力の乗った極悪な投擲を締まった細いお腹に受けて蹲るクレオ。


「は、はい……ただちに……ブレないなぁ。ていうか、小さいのに重すぎですよぉ、何は言ってるんですのぉ?」


 眠気と思いがけないダメージで、足元が少々おぼつかないクレオも市の後を追って行く。これが、近所で仲の良い天海家三姉妹の日常の一幕である。


 入り口に掛けられている木製の味のある看板には、こう記されていた。




【 創業天文5年  天 海 南 工 房 】





「私、天海南は、市お姉ちゃん、クレオお姉ちゃんの妹で良かった、とっても幸せだよっ」




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重魂乙女は破滅フラグを回避したい! 惜帝竜王と夢の盾 @kataotinebiki

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