重魂乙女は破滅フラグを回避したい！

第9話 風雲、安土城！！ ～於市の挑戦状～

　私は見誤っていた。

　ここは私の知る日本の歴史ではなかった。そうではない可能性を知りつつも大筋で変わらぬ流れと於市の深層に落ち込む時間のせいで確認を怠ったのだ。そのツケが今回ってきていた。

「近江の伊香に入りました。敵勢の姿は確認できません。おそらくは我らの進軍速度を見誤ったのではないかと思われます」

「いや、利長、そうではない。岐阜の滝川殿が挙兵した影響じゃな。先程、報せが入ってきおったわ。信孝殿が暴発したのだ。羽柴殿に喧嘩を売った挙句、敗けたはいいが、滝川殿を巻き込んだのじゃ」

「父上、それでは安土に居た池田殿は、まさか……」

「そのまさかじゃよ。長浜、佐和山からも兵をほぼ根こそぎ持ちだしたようじゃの」

　前田親子が先陣を切り、近江に橋頭保を築く予定だったと私が聞いているというか、今も内側から眺めている。馬鹿クレオが表に出てからの進軍速度は異様なほど早かったのだ。それが功を奏し、陣を築けたのだ。

「では、近江の半分は空も同然。ここは安土を抑えるべきです！！」

「そうはいかないわねぇ。残念ながら」

「どうしてですか？　於市様」

「もう空き巣が入っちゃってるのよ。丹羽トリちゃんこと長秀がね、本当に抜け目がないわよねぇ。建前は信孝討伐だけどぉ、実際は秀吉軍を遮断して岐阜城を守る感じかなぁ」

「なんですと！？　丹羽殿が？」

　利ポン驚いてるけどさ、元々、長秀って、チンピラ信孝の後ろ盾だよね？

　ぶっちゃけ、滝川狂ってるさんに油揚げを攫われたままじゃ面子が立たない感じだと思う訳。本当は秀吉と喧嘩したくないけど、チンピラを失うと逆転の目も完全になくなるから勝負に出たと思うんだよね。下っ端だった秀吉のご機嫌伺はやりたくないんでしょうよ。

「驚くことかしら？　会議でのこと聞いてるわよ。丹羽トリちゃんもやっぱり男の子ってことでしょ？　天下取りは諦めきれないと。でも、地力がないから空手形ぽくても信孝くんを手放せない、そんな感じでしょ？」

「言われてみれば……流石は於市様ですな」

「利家さんは、少し真面目すぎるんじゃない？　もうお兄様が死んだ時点で天下諦めちゃったでしょ？」

「！！！！」

「いや、別に責めてる訳じゃなわよぉ。ただ、そういう道もあれば、丹羽トリちゃんみたいな道もあるってだけ。そして、私の今の旦那様も似たようなものね」

　馬鹿クレオも私と同じような考えね。流石は元女王様、そういう道をよくご存じだよね。

「問題は岐阜安土間の防衛線を無視して西進するか、安全策だけど時間を浪費して安土を落として拠点化するかね。その際には、滝川勢は別にしても信孝が騒ぐわね、確実に。それで、信孝と秀吉との２正面作戦を抱えきれるか、かしら？」

「長秀の性格上、我らと事を構える可能性は低いと思われますが、手出しすれば流石に……。このままであれば賤ヶ岳を越え、安土を見張る場所に陣を置けば膠着は確実。その際に、柴田殿が琵琶湖西岸、大溝を経て一気に伏見まで抜いて頂ければ、当初の予定通り、いえ、予定以上の速さで姫路に迫れるかと思われます」

「父上に言葉を捕捉するならば、予定以上の秀吉の大軍と姫路で相対することになります。追撃賤であった姫路が、主戦場になるという誤算が、我らと秀吉どちらに有利に働くかといえば、確実に秀吉と言えます」

　めっちゃ優秀な前田親子。

　私は正直に言えば、いつでも逃げられる安土での戦いを推したい。秀吉も引き込んで三つ巴になれば、隙も出来やすい。それに、家康さんは動かなくても、そんな美味しいそうな状況で信雄が高みの見物なんて出来るはすも無く、馬鹿みたいに参戦してくれれば、滝川、丹羽、信孝に2正面を強いれるというおまけ付き。

　問題は、勝家さんの気性だけ。ここには、まだ到着してないけど、すぐに追いつく。その時に何を言うのか。それとも前田親子の意図を読んで若狭をぶち抜き湖西コースを独断で行く可能性。

「最終判断は、利家様にお任せしたいと思うのだけれど、私は安土を落としたい。アレは長秀如き小者が居ていい場所じゃないの。お兄様の城よ、つまりは、私の城でもあるの。この気持ちを分かって欲しいわ」

　これは於市様に切り替わってるわね。

　この言い回しは、馬鹿クレオには不可能だわ。織田家の人間で、こう言われてスルーしましょうとか、様子を見ましょうとか、柴田様にお伺いをとか言える人が居たら会ってみたいわ。

「畏まりました、於市様。利長、伝令を柴田様へ走らせよ」

「はっ！！」

　敵は、安土城にあり！

　って訳ですかね。まあ、私としても賛成だよ。正直、落とした後は安土でゆっくり過ごしたい。無理なのは分かるけど、戦場には出たくないのよーーーーー。というか、安土落とすのに戦闘参加とかしないわよね？　しないって言ってーーーーー。

　数日後に勝家さんが合流。伝令さんが言うには、もう少しですれ違って勝家さんが琵琶湖西岸コースを行こうとしていたらしい。戦場での勘は、もう常人の及ぶところではない気がする。これで、史実だと負けたって、どういうことよ。

「於市様が安土を取ることに関しては、この勝家、反対する術を持ちませぬ。ですが、城攻めは不得手ではないですが得手でもありませぬ故、ここは利家に任せると思いますが於市様に不満はございませんか？」

「勝家さんのお気持ちは大変うれしく思います。けれど、それでは、勝家様はどうなさるおつもりですか？」

「無論、猿を討ちに西へ！！」

「三つ巴でも消耗戦はお嫌いですか？」

「そうではありませぬ。この勝家、悪知恵に関してだけは猿めに及ばないと残念ながら自覚しております故、ここは真っ向勝負できる野戦、奇しくも、猿が光秀を討った合戦場もありましょう。そこで、小細工なしでの戦の醍醐味を叩きこんで参りましょう。万が一、長秀めが手癖の悪さを発揮したところで、於市様の城攻めが楽になる悪手でしょうし、勝家の背後を突く度胸のある与力が居る筈も無し」

　饒舌な勝家さんが眩しいっ！

　でも、そういう時って死亡フラグじゃないのと思うですが。

「では、勝家様が２万５千の兵を率いて下さい。あと、利家様も御側に。私には５千の兵と利長様を預けて下されば、安土を落としてみせます……とは、言い過ぎですわね。牽制しつつ勝家様の御帰りをお待ちしています。秀吉様に出来た大返し、勝家様がやって見せて下さい。於市はお待ちしております」

　ひでー。於市酷いわ、死亡フラグすぎるでしょ！！

　勝家さんだけじゃなく、私まで死亡フラグ立ってるって、マジでどうすんのさ。

　もう、ここまでやるならさ、『落としてしまっても構いませんわよね？』とか言ってよ！！

　死ぬまでに言ってみたい厨二台詞なんだからーーーーー！！！

　くっそ、勝家さん、柄にもなく目に涙溜めてたじゃん。おかしいって、これ賤ヶ岳の戦いが起きない時点で迷走してるというか、歴史改竄の瞬間と言うか、もうどうすんのさ！？　これで、勝家さんも利家さんも死んだら、戦後の戦力図ってめっちゃおかしくなるの確定だし、そうなったら私はどこで余生を過ごせばいいのよ！！

　そんな事を思っていた時もありました。

　馬鹿クレオの魅了死兵を甘く見てた。絶対、アレは夢に見る悪夢だ悪夢。足軽さん達、○ウィルスにでも感染したのか？手足もげてるのに戦い続けるとか怖すぎます。それで、死んだら死んだで、どうして綺麗な死に顔なのさ。めっちゃ満足した顔と身体の損傷具合がミスマッチすぎて涙が止まらなかったしさ。古代の人って、皆、あんな能力持ってんの？　絶対、人間辞めてるわ。

「於市様、城内の見回り完了しました。潜伏している敵兵はいないと思われます」

　利長くん、君も見てたよね、アレ。

　その後で、私に普通に接してくる君の心臓の強さに感動したよ。私なら、絶対、距離置くって思うし、人外確定じゃん、それでなくとも不老っぽい姿してるのに。

「ご苦労様でした、利長。私が、怖いなら無理に近づかなくてもいいのよ？」

　え？　そうなの？

　うわ、マジだ、利長くん震えてるじゃん。まあ、仕方ないよ。言われてみて初めて気が付くレベルの震えだし、それも私は身体から切り離されてるから集中力高いから分かるけど、普通ならわかんないよ。そっか、やっぱ怖かったよね。私も怖い。

「申し訳ありません。そんあつもりはないのですが、どういう訳か、於市様の言葉が身体を通り抜けていくと言うか、自分だけが熱を帯びないと言うか、戦場にいるのにこんなに冷静なのは初めてなのです。それで、余計に足軽達の勢いに呑まれてしまい……」

　あー、それは多分、超絶美人耐性だわ。君のお母さんのまつさんのせいね。魅了無効といってもいい、チート能力に近いやつ。なんか、申し訳ないわ。私が守ってとか言ったせいだし、馬鹿クレオが気に入ったのも私のせいだし、なんかごめんね、利長くん。

「気にすることはありません。私が傍に居てほしいとお願いしてしまったからですね。勝家様がお戻りになられれば、利家様――は拙いかもしれませんので、佐久間様の与力からどなたかお願いすると致しましょう」

　あれ？

　これって馬鹿クレオ？

　なんか於市さんっぽい対応だけど、馬鹿クレオが真剣に猫被るとわかんないからな。どっちだ？　でも、言ってることは正しいし、狂気の中で一人だけ正気とかヤバすぎるもんね。

　うーん。今回はめっちゃ眼が冴えて眠れないというか、意識が残り続けるね。いつも、経過がすっぽ抜けてて、実は今ヤバいんです的な目覚めだから悪くはないんだけどさ。私が、見てない間って、いっつもこんなチート使ってんのアンタ達。

　そう、目の前で繰り広げられる激闘は凄惨の一言だった。

　兵数で劣っていた柴田軍が、ゾンビハザードになっちゃって秀吉軍他全方面作戦を展開して優位に進めてる悪夢。死なない足軽が壊れると、敵兵を洗脳して寝返らせて同士討ち。死んだらゾンビ足軽として戦線復帰の有限ループを繰り返してるのだ。

　お陰様で安土城は健在。

　不安要素は、勝家さんが帰って来ない件と降伏の使者がひっきりなしに利長君の下に来ているのだが、安土から去らなかった利長君は吹っ切れたように市の手駒と化していたので返答は言うまでもないだろう。つか、居残った翌日に馬鹿クレオに喰われてた利長君、君はそれでいいのかと言いたいわ。

　まあ、不安要素２はコレ。馬鹿クレオの異能か古代人の生存本能かは不明だが、自分の意志で妊娠率がコントロール出来る模様。何故、知ってるかって、私に聞かせるように独り言を呟きやがったからですよ。

　つか、女目線のエロゲ―みたいで、自分がやってる感が微妙なのは勘弁してほしい。まあ、感覚もないのでマジゲームとしか思わないから助かってると言っていいのか、なんとも言葉に出来ない件。自称長政君の子供の時は、深層で寝ている間に全部済んでいたので、ある意味、新鮮と言っていいのだろうかと自分の事ながら悩んじゃうわね。

　おっと、話がそれまくったけれど、要は、妊婦になるまでに戦が終わるのかって話と戦後処理に関わらずにフェードアウト出来るのかって話なのよ。

「於市様、柴田様の情報が掴めました」

　おお、利長君いい仕事するじゃないか。

「それで、勝家様はどうなさっているのですか？」

「それが……」

　市の問いかけに表情を曇らせる利長君。これは、ヤバイ話じゃない？

「秀吉軍との野戦には勝ったようでしたが、混乱に乗じて秀吉を取り逃がしたようです」

「あら？　その程度の話で困った表情をしてたのかしら？　それは無いわね？　それとも私に慰めて貰いたい？　私を慰めたい？　そんな子供っぽい考えなのかしら？」

「い、いえ、そのような……実は、柴田様は、その後も陣を構え秀吉と再戦するように迫っていたのですが、夜襲にあい父の利家共々捕縛され有岡城に」

「それは少し気になる話ねぇ。勝家さんは私以上に戦場の空気に敏感な人よ。それが夜襲で捕縛？　誰にと聞いたら利家くんは答えを持っているのぉ？」

　おや、ここで馬鹿クレオにバトンタッチ？

　本当に息が合いすぎてアンタ達怖いわ。でも、私も気になるわね。勝って油断するタイプじゃないでしょ。寧ろ、夜襲してくる相手をボコボコにするタイプだもんね。

「池田恒興でございます」

　馬鹿クレオが溜息を吐く。これは仕方がないって感じだね。私だってそう思うもん。なんで、アンタが、そこに居るのよって話よね。

「丹羽戦の失態を抱えたまま帰るを良しとせず、畿内に潜伏していたという感じかしらねぇ。金星よねぇ。勝家さんや私達にとっては痛恨、お猿さんにとっても面倒臭い勝ち星ねぇ」

「そうでしょうか？　元々、恒興は秀吉派です。よくやったと褒めているのでは？」

「そう考えるのね。上を諦めた前田家ならではの思考かしら。その考えは清州会議前までね。織田家宿老になっていないなら今回の件は大功といっていいわ。でも、丹羽に蹴散らされ、落ち目だった今は駄目。まあ、池田家にとっては起死回生だったわね」

「それは、池田家を追い落として羽柴家に組み込む機会を逃したと？」

「正解。やれば出来るじゃない。折角、勝家様を追い落としてという時に池田家の力を借りたなんて締まらないわ。それも勝家様に敗けた後では尚の事」

　なるほど、そういうことか。

　でも、敗けるよりマシだよねと考える私も利長君と一緒で寄らば大樹の陰思考なのかな？

「そして幸か不幸か、私達の足軽が頑張ってくれているので、姫路城で引き籠っているのね？」

「はい。柴田様に手痛くやられたようで兵数が減っており、その後、我らの足軽に無謀にも挑み更に数を減らしたとの事です」

「それでも思った以上にお猿さんの味方が少ないのね。誰も救援に動かないのは想定外ね」

「い、いえ、流石にあの足軽を見て歯向かえる胆力のある者は少ないかと……いれば、そもそも秀吉の風下につく筈もなく、弱った今では……」

　そう、チートにも限界があるっぽいらしく、ゾンビ足軽が向かっているのは伏見城一円の襲撃、岐阜城攻略、安土城防備に重きを置いている。

　離れれば離れる程に思考能力が低下してしまうらしく大まかな指示しか受け付けないのだ。京を抑え、畿内への入り口である岐阜城を攻略中、堅城安土を土台にしているこの状況は手勢の少なさを考えれば上等すぎるのよ。

　北は勝家さん留守だけど、北陸の抑えに佐々さんだっけ？ヤクザの親分みたいな人を置いてるから心配ないっぽいのだ。

「さて、勝家様奪還の交渉と参りましょう」

　市は乗り気だ。

　鏡がないから分からないけど、絶対にすっごい悪い顔してると思うわ。

「猿の天下への渇望と試しましょう。亡きお兄様と同等以上の意志があれば勝家様は残念ながらお兄様の下へ召されるでしょう。ですが、猿自身の栄華への欲が大きければなんとでもなりましょう。利長、貴方には使者となって貰います。私の書状を猿に届けて下さい」

「はっ！　この命に代えましても！」

「いえ、心配はいらないわ。どんな最悪な状況になっても貴方は殺されません。この市が保証しましょう。ですので、猿如きに萎縮せず、堂々と使者として振る舞いなさい。それが貴方がすべきことなのですから」

　いやいや、市さん、どんな内容を書くのか知りませんが、そんな大風呂敷広げて大丈夫なの？利長君、結構、馬鹿クレオのと言うか、市の信者っぽくなってるから、マジ尊大な態度のアホ使者になっても知らないよ。

　そもそもゾンビ足軽撒き散らした今さ、魔王信長どころの騒ぎじゃなくない？

　朝敵確定でしょ？

　今思うと、伏見城一円って、絶対に敵にしちゃ駄目な人いるところですよね。やられる前にやる思考で先に潰しに行ってんの？てっきり、秀吉軍を堰き止める感じだと思ったんだけど？

　それでなくとも信長のお兄ちゃんが焼き討ちして仏敵上等な感じの織田家よ？

　その血を引いてる市がこれだと絶対ヤバくない？

　私、そんな簡単な事を思い至らなかったって、ホント、どうなってんの、ワタシ、アタマダイジョウブ？

――深夜

「いやぁ、いつ見ても篝火が綺麗だよねぇ？　昔はもっと更地というか遮蔽物が少なかったから、見え方が違う気もするわぁ」

「薪の浪費は感心しませんが、今の情勢では必要経費ですからね。そう言う意味では、貴女にも利益があるなら少しは無駄ではないのでしょう」

「魂の融合が上手く進まないわねぇ？　あの子は大丈夫？」

「あまり大丈夫ではないですね。深層に長く沈んでくれれば調整も楽なのですが、意識が落ちても人の睡眠と似たような形になっているので困りものです。あの子は気が付いてないようですけれど、いつ壊れてもおかしくありませんわね」

　わ、私、壊れ　る　の？

「それと、ゾンビゾンビと五月蠅いのよねぇ。冥界からの借り物に不遜な名は困るのよ？」

「私に言わないでください。言霊を操る私が存在と深く認識してしまうと定着していましますわよ？」

「いやぁ、無し無し。聞かなかったことにしてねぇ。変に存在が変質すると火で送り帰すことが出来ないと大変だから、ね？」

「そう思うなら――いえ、貴女にそういうのは無理でしたね。楽しみたいと言う思いが強いのですから。私が気を付けるようにしましょう」

　どう　な　ってい　るの

「さあ、大丈夫だからお休みなさい。この市が全て上手く立ち回ります。貴女も知っているでしょう？　私は信長の妹。天下に手が届く寸前までいった魔王の妹。であれば、何も心配することなどありはしません」

　そ　う　　　　　ね

「次に目覚めた時こそ、貴女の望む結果になる筈よ」