第17主題 白百合の病

「みよし先生の御病気やまいは、皆が察するところですわ。先生の御洋服おようふく、病院のアルコールの匂いがするのですもの……ごめんなさい。私、余計なことを申しました。忘れてください」


 僕は、美しく折り目の付いたハンカチをひろげて、顔を隠した。


 罪づくりな人に、また出逢った。


 そう思えて泣き笑いしている。


「ヒナノさん、僕は何歳いくつに見えただろう?」

 顔をハンカチでおおったまま問うた。


「みよし先生の御年齢? おそらく、大学院をストレートに御卒業時点で24歳でしょう。非常勤生活6年目の中堅。30歳。そう見えました。違いますか?」


 驚くべきことに彼女は、僕に白百合の病が宿った年齢を、ぴたりと言い当てた。


「30歳。御名答おおあたりです」


 本当は53歳だ。そんな事実は黙っておこう。っても冗談と取られるだろう。何よりも僕は30歳の、みよし先生として、彼女の前に存在したい。


 月島ツキシマヒナノさんに出逢って、僕の面白みゼロの生活に、面白みがプラスされた。彼女は面白かった。と云うと失礼な表現だ。気持ちの良いにぎやかを、もたらしてくれたと云い直しておこう。


 不相変あいかわらず、月曜日は通院、火曜日から金曜日は非常勤、土日は休息の生活だったが、水曜日と金曜日に、個性的な音を奏でる月島ヒナノさんが甘味料となり、れは良い味だった。若い子の感性は、さすがに新しい。そんなレベルで彼女を語ることは、できない。


 20年あまり学びを渡り歩き、非常勤講師を続けてきた。僕の外見は30歳のまま、内面は刻々とよわいを数える。最初「少し年下」の生徒が「けっこう年下」になり、「ずいぶん年下」になる年月の経過、若い子の感性に瞠目どうもくする自分が居て当然だ。けれど僕は気付いている。ヒナノさんにだから瞠目するのだ。


 彼女は「天然」と云う言葉が、しっくりとくる、僕の笑いのツボをす、お嬢さんなのかもしれない。


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