第16主題 少女崇拝、再び

「個性があふれる解釈でした」

「みよし先生に個性的と褒めてもらって、光栄です」


 おそらくの子は、担当が僕でなければ『悲愴奏鳴曲ひそうソナタ・終楽章』あたりを、無難に教授に好まれるテイストで弾くのであろう。


『人形へのセレナード』は僕への挑戦。喜んで受けて立とう。


「さて、ヒナノさん。僕的にはね、あなたが、どんな心情で弾いたのか気になるところです。物語性が、ありました。教えてください。あなたの物語を」


 促すと、ヒナノさんは嬉々ききとして話し始める。


「私はの曲、少女崇拝だと思うのです。虚弱な少女が人形のように愛されたヴィクトリア時代に想いを馳せて、生き人形を硝子函ケースに眠らせるように、起こさないように、少女の時間を大切に仕舞い込むように、弾いたのです」


 の言葉は、僕のクローゼットの鍵を紐解ひもとくに充分だった。とざしたヒナコさんへの想い。あれは少女崇拝だった。


 眠らせておいていい。

 起こさなくていい。

 大切に仕舞い込めばいい。


 僕は追憶のなみだを流した。


「みよし先生、こんなに軽くて可愛かわいい曲で何故なぜなみだを? 何処どこか痛むのですか?」


 ヒナノさんは、百合の地模様の入った白いハンカチを差し出す。端無はしなくも白百合だ。僕は白いハンカチを受け取って、透明な感情を拭った。


 白百合の病であることは、大学側に伝えていない。そんな少女漫画カリカチュアのような設定の病を、信じてもらえるわけがない。

 慢性的な自己免疫疾患。そう伝えている。実際に検査では、全身性エリテマトーデスと類似する数値を示し、日々の気怠けだるさと関節痛をかかえて、ステロイド治療を受けている身だ。嘘ではない。


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