第14主題 月島ヒナノさんに出逢う

 出逢いは大学院の第2音楽室。僕は53歳を迎えていた。


 50歳でヒナコさんに出逢い、僅かばかりの蜜月のような時間を過ごした。彼女と死別後、致死量には及ばない睡眠薬の摂取と白百合の病が、ひといきに51の僕をさいなんで、ひとしきり研究室に保護されて、52のよわいを数えて社会に復帰。進みゆく病状に払拭できない憂鬱メランコリーをかかえて53歳。もう人を好きになることなどないと思っていた僕に、出逢いが訪れた。


「前期、逢坂おおさか先生に担当していただく生徒のリストです」


 教授に渡されたリストには、生徒の名前と、課題曲と、作曲家の名前が記されている。の中で、ひとりの生徒が目をいた。


 月島ツキシマヒナノ 『人形へのセレナード』 

 クロード・アシル・ドビュッシー作曲


 伝統高き大学院でドビュッシーとは、挑戦的だ。しかも『こどもの領分』から第3曲を選んできたあたり、挑戦者だ。他の生徒が無難に、教授受けの良いピアノ・ソナタを選んでいる中だから、余計に目立つ。そして、ヒナノという名前。クローゼットにとざした少女を思い出させる。


 僕は待っていた。水曜日と金曜日の13時から14時で、レッスン枠に入っている生徒を。大抵の生徒が定刻より早く、第2音楽室の扉をノックするのだが、月島ヒナノさんはノックもしないで、10分の遅刻で現われる。


「申し訳ございません! 先生!! 10分も遅れてしまいました。私をお許しください」


 さまざまな意味で、彼女は最初から、目立ち過ぎた。



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