第12主題 オフィーリア

 詩人は歌う。

「哀しみのオフィーリア。永遠に無疵むきずの宝石」


 今、僕の眼の前に居るのは、白百合の病にかかった少女であって、オフィーリアであって、宝石だ。瞳だけが侵されていない。黒糖蜜を固めたような瞳で、僕を禁じられた少女愛に落とし込む。


「やさしくしてください。さいごになるかもしれないのですから」


 少女のささやきに、の少女性を侵さない愛をそそぐ。お人形を抱くように、そっと包み込んで、少女のひたい唇付くちづけた。白い前髪におおわれた、広いのか狭いのか分からない額に、唇付くちづける。


 或る月曜日、彼女を訪ねると、よりいっそう白く病みを感じさせる姿で、僕を迎えた。


おわりの音が聴こえるのです」


 そうって、すべての千羽鶴を僕に譲る。


 あなたの生命は天の領分へ飛んで逝き、やがて灰と化す。


 ヒナコさんは死した。臨終は、やすらかだったと云う。

 家族に見守られて旅立った。

 イワノ医師の後日談だ。


 罪づくりな少女だった。


 僕は、寝室に飾っていた千羽鶴を抱き締めて、引き千切ろうとしたが果たせず、見えないところに閉じ籠めた。寝室の鍵付きのクローゼットに封印した。


 れは、ヴィクトリア朝の英国で、ストイックを愛した貴族たちが性の匂いのしない人形のような少女を温室に秘匿かくまった気持ちに、おそらく似て、僕は最初から最期までヒナコさんを、少女として崇拝した。


 の愛のカタチには満足で、しかし永遠に触れられぬ宝石に成ってしまったことには不満足で、僕の喪失感は深過ぎた。


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