第11主題 千羽鶴の秘密

「ようこそ、みよしさん。うちの子が、お待ちかねです。さて、ミヨシくん、おじいちゃんと一緒に売店へ行こう。好きなお菓子を買おうね」


 祖父の提案に目を輝かせたミヨシくんは、愛用の白猫のポシェットに500円硬貨を入れる。


 ウキウキとした足取りで、ふたりは部屋を去る。

 僕の心は、ドキドキとする。


「月曜日が好き。確実にミヨシくんが、みよしさんを連れて来てくれるから」


 何ごとも無い日常会話の中で、ヒナコさんは、そんなことをう。の人の少女性に、僕は深く引きり込まれていく。


 後戻りするみちは、無い。


「みよしさん、此処ここで治療中と云うことは、あなたも白百合の病。本当の御年齢は?」

 罹患りかんした日から未来へ、外見年齢を刻まない。白百合の病の特徴を、彼女は知っていた。僕等ぼくらは同病者だ。

「50のよわいを数えます」

「長生きですね。私が治ることはないけれど、みよしさんには治ってほしい」


 ヒナコさんの白い部屋には、千羽鶴が沢山たくさんに飾られている。


「綺麗な鶴だ。ヒナコさんが大勢おおぜいに愛された証ですね」


 こんなにも沢山たくさんの鶴を折ってもらえる人なのだ。のように褒めた心算つもりが、哀しい答えを導いてしまう。


「千羽鶴を折ったのは、私と、私のおとうさんと、ミヨシくん。3人で人生の暇をつぶした結果」


 だとすれば、長く閉鎖的な入院生活を察する。ヒナコさんは、いつも白い小夜衣さよごろもを着ていた。彼女が既に白百合研究室と同化しているように見えて、心苦しい。


 少女は弾く。ショパンのワルツOpオーパス.69-1を。


「ヒナコさん、の曲の題名タイトルは哀しい。別の曲を弾いてください」


『告別』と題された甘く切ないワルツを弾く指を止め、色とりどりの鶴に伸ばし、ひとふさを淡い胸に抱き締め、

「みよしさんの病が治りますように」

 と、僕に差し出す。


 そんな仕草は真実に少女で、彼女からミヨシくんが産まれたと云う現象を、疑わせるに充分だ。千羽鶴の、ひとふさを受け取った僕は、失礼を承知でく。


「ミヨシくんの、とは、思えない御方だ。僕が50歳のせいだろうか。あなたがにしか見えなくて」


 にしか見えなくて、何故なぜか不安になるのだ。


 彼女は答えなかった。ただ曖昧あいまいな微笑を返すだけ。


 醸し出される少女性は、ミレーの絵の中を流れた悲劇のヒロインに似ている。


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