第10主題 月曜日の逢瀬

 僕が毎週月曜日、治療に来院することを、キューピッドはおぼえた。治療の終了を処置室の前で待ち構えていて、

「一緒に、おやつしようよ」

 と、誘ってくれる。


 もう安定剤は要らなかった。ミヨシくんの笑顔と言葉、差し出される菓子、ヒナコさんと過ごす真っ白な時間に、僕はやされる。


 白い硝子函ケースのような個室の端には、黒い竪型たてがたピアノが鎮座していた。


「おとうさんが、連れて来てくれたの」


 ピアノを愛しい人のように語るヒナコさんの指も、僕の指も、白百合の病のせいで万全ではない。だが、僕等ぼくらはピアノを鳴らして遊んだ。不完全な音を補うように、ミヨシくんは旋律を歌う。ラララとかルルルではなくドレミで歌う。


「階名を教えたのは、ヒナコさん?」

「教えていないわ。の子が勝手に憶えたの」


 ヒナコさんは時として、自分の息子に興味が無い様子だった。何故だろう。ミヨシくんは、お利口さんで、毎日、の頭をでたくなるほど可愛かわいらしいのに。


 おそらく病気のせいだろう。僕を苛々イライラさせた薬液。きっと彼女も、くすりの作用で無関心になったり、急になみだを流したりするんだろう。

「どうしました? 何処どこか痛みますか?」

 なみだの意味を問うと、何ごともなかったかのように微笑み、数分後には、また、泣いている。


 彼女の気持ちは、まったく読めない。


 入院加療中のヒナコさんの個室に居たのは、クロード・ドビュッシーの肖像に似た品の良い紳士で、ミヨシくんはの人を「おじいちゃん」と呼んだ。


「おとうさん」の姿は見えない。何故なぜかとたずねていないのに、聡明なミヨシくんは、教えてくれる。


「おとうさんは、仕事で忙しいんだよ。僕等ぼくらを養うために、頑張っているんだ」


 小さいこどもが「養う」と云う表現を使ったことに驚く。ミヨシくんの父親は、

「家族を養ってやっている」

 とうタイプの男性なのだろうか。あらぬことを勘繰かんぐってしまう。真偽のほどは分からない。


 ただ父親と云う人が病室に現われないことは確かで、だから僕は安心して、の部屋に長居してしまう。


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