第8主題 おかあさんが大好き

「おかあさんは白百合の病で、お手々が痛くなって可哀想かわいそう。レントゲンを撮ったら治るのかな?」


 画像検査で病は治らない。しかし、ミヨシくんを明るくする言葉を選びたい。


「痛いところが分かったら、きっと、可哀想じゃなくなるよ。おにいさんも、少しだけ手が痛いから、撮ってもらうんだ。おかあさんは、とても綺麗な人だね。ミヨシくんは、おかあさんのこと、好き?」


 過日、薬液のせいで気持ちの乱れた母親に手を叩かれていた。おかあさんなんて嫌い。そんな感情が湧いて当然だと思うが、意外にも明朗な答えが返る。


「おかあさんが大好き。おとうさんはね、あんまり、おかあさんに大好きとわないの。だから僕が云うんだ。大好き。何回でも云うんだ」


 大好き。僕に云われている気がした。


「大好きだから、来ちゃ駄目って云われても此処ここに来るんだ。僕は悪い子かな?」


 美しい、こどもだ。容姿も、話す言葉も声も、すべてが白くけがれなく、僕の心をすすいでくれる。


「ミヨシくんは、良い子だよ」

 さらさらの黒い髪をでた。ミヨシくんは今日に限って、菓子を勧めてこない。


 レントゲン室の扉が開く。イワノ医師に付き添われ、歩く姿は百合の花。


「お疲れさまです。此処ここで休憩しましょうね。逢坂おおさかさんも、すみませんが、此処で今しばらく、お待ちください」

 イワノ医師の端末が震えていた。


 レントゲンを撮る予定の僕と、

 レントゲンを撮りおわった少女。

 少女の息子のミヨシくん。


 僕等ぼくらはミヨシくんを真ん中にして、革張りの長椅子に並んでいる。


「おかあさん、お疲れさま。ジュースを飲もうよ」


 ポシェットが膨らんでいたのは、乳酸菌飲料のせいだった。少女は真っ白な爪で乳白色の飲料の蓋をき、ミヨシくんに勧める。


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